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ジャッキー・チェン『ライド・オン』公開記念 吹替版演出家・市来満さんインタビュー①

  ジャッキー・チェンの記念すべきアクション大作『ライド・オン(龍馬精神)』がいよいよ公開される。初主演作から50周年、日本上陸45周年、そして生誕70周年とまさにアニバーサリーづくしの作品だ。

 宣伝資料には「これが人生の集大成だ」と銘打たれている。しかも、ジャッキーがベテランスタントマンを演じているという。

 世界一のアクション俳優がスタントマンを演じる!? なんだか興奮するではないか。

 さらに興奮するのは、昨年春に引退宣言して多くのファンを悲しませた人気声優の石丸博也さんが本作で「限定復活」するとの知らせだ。香港映画ファンにとって、石丸さんといえばジャッキー、ジャッキーといえば石丸さんだ。「同じ声優による同一俳優への吹替映画の最多数」としてギネス認定されたというレジェンドである。そんなレジェンドが復活する吹替版が劇場で上映されるのだ。

5月31日より全国ロードショー  配給:ツイン ©2023 BEIJING ALIBABA PICTURES CULTURE CO., LTD., BEIJING HAIRUN PICTURES CO.,LTD. 中国/2023 年/126 分 公式サイト:https://ride-on-movie.jp/

 そんなエキサイティングなニュースが駆け抜けたジャッキーの記念作公開を前に、本作の吹替版演出家・音響監督である市来満(いちき みつる)さんにお話を聞いた。

 市来さんといえば、ジャッキー映画の吹替版演出を長年担当されているのはもちろん、ジャッキー・チェンに誰よりも詳しいジャッキーマニアでもあり、最近、ジャッキーに関する著作も出版されたばかりだ。というわけでインタビューをお届けします。 

吹替版演出家・音響監督の市来満さん

─ 『ライド・オン』吹替版試写を先日拝見しました。いやー、面白いのはもちろん、感動しまくりでした。まずは石丸さん復活のお話から。

市来:昨年3月に石丸さんが引退宣言をなさいました。ご自分の中では引退に関して長年期するところはあったとは思いますが、我々には突然感がありました。でもそういうときに限ってタイミング良く『ライド・オン』公開の話が来ました(笑)。

 しかもジャッキーの記念作で集大成の映画ですから、これはもう石丸博也さん抜きではありえないだろう!というのが僕の最初の感触でした。

 とにかくまずは石丸さんにお願いに行くしかない。一度宣言したのに簡単に翻せない、男に二言はないということで最初は固辞されたのですが、僕も石丸さんとは三十年近く仕事をしてきた仲ですので、今作だけは「土下座するからお願いします」と言いましたら、「土下座なんかされたかねえよ、市来ちゃんのためならやるよ」(笑)と最後にはお引き受けいただいたのが経緯です。ほんと男気のある方でして。

─そうですか! 僕らが石丸さんの吹替で見られたのも市来さんのおかげですね!

市来:いやいや(笑)。引退宣言の直後、舌の根も乾かぬうちに復帰するのもなんだから「限定復活」の発表は控えてたんです。なので、今回、「限定復活」がニュースになると、SNSなどで「引退前に収録されてたのでは」との書き込みが散見されましたが、それは事実ではないのでここで訂正したい。信念を曲げてまで復活していただいたのに「引退前に収録したものだよね」と簡単に言われるのは少し不本意ではあります。これは石丸さんのためにも訂正させてください。

─さてまずは、本作の吹替版演出で苦労されたことは?

市来:やはりジャッキーを演じる石丸さんですね。

 声優引退宣言から収録まで半年のブランクがありました。これが大きかったですね。スポーツと同じで毎日やってないとだめなんですよ。台本を早めに渡してトレーニングを兼ねてリハーサルに少し時間をかけてから臨んでもらいましたが、もちろん主役ですし、セリフも多いので、最初は勘を取り戻すまでちょっと時間がかかりました。

 それにアクションシーンなど動きのあるシーンは、もちろんそのままの動きは無理ですが(笑)、収録ではさながらに少し身体を動かしながら声を当てていくので、スポーツに近い感じでして、まさに体力勝負のところもあります。格闘シーン後の石丸さんはいつも汗だくです。

─映画の前半はジャッキーの役柄がトーンダウンしていて、映画が進行するにしたがってテンションが上がっていきますが、石丸さんの声もそれに合わせてテンションが上がってきたように感じました。収録というのは劇の順番に録っていくものですか?

市来:はい、順番に録ります。それは僕らも感じていまして、石丸さんのテンションが上がっていくのも分かりました。もちろん役者なので場面に合わせ演じてらっしゃるのですが、今回は映画の流れがぴったり合った感じがしました。

─逆に演出していて楽しかったシーンはいかがですか?

市来:ジャッキーの一人娘シャオバオの恋人で新米弁護士のルー・ナイホァ(グオ・ チーリン)とジャッキーのコミカルなやり取りの場面が演出していて楽しかったです。ジャッキーが『酔拳』の修行の格好をナイホァにさせてしごく微笑ましい場面です。

グオ・チーリン(郭麒麟)はドラマシリーズ「慶余年」でも好演して人気の中国の若手俳優。

─ジャッキー扮するルオ・ジーロンが、借金取りのチンピラ(アンディ・オン)ら数人と小競り合いになるバトルシーンが何度かありますが、やってることはすごいけど、ギスギスしないユーモラスな感じのアクションがいいですね。

市来:あれがまさにジャッキーテイストのアクションシーンです!

ジャッキーのアクションは今年70歳だなんて信じられないくらいのキレだ!

※ここで少しだけあらすじを。

  ルオ・ジーロン(ジャッキー)は、かつて香港映画界伝説のスタントマンといわれた男だが、今は引退同然。愛馬チートゥとともに、映画撮影所テーマパークでアトラクションやエキストラなどの地味な仕事をこなして生活していたが、降って湧いた債務トラブルをきっかけに愛馬が競売にかけられる危機に。ルオは意を決して、疎遠になっていた弁護士志望の学生である一人娘のシャオバオ(リウ・ハオツン)に助けを求めるが…。

─この映画ではなんといってもジャッキーが伝説のスタントマンを演じているということが肝ですね。劇中にルオ(ジャッキー)の名スタントシーンが出てくるのですが、それがジャッキーの実際の過去作の名アクションシーンのオンパレード!! 香港映画ファンへのとびっきりなプレゼントといえますね。

市来:あそこはいいシーンですね。スタントマンなのに顔がばっちり映ってるじゃん(笑)! というのはご愛敬ですが、不仲だった娘と寄り添うように一緒にこの名場面集を見るという感動的なシーンでした。この名場面集を見ると、改めてジャッキーアクションのすごさと魅力が分かります。

─このシーンを作れるのは世界でただ一人、ほんとジャッキーだけですね。

※名場面の数々:『ポリス・ストーリー/香港国際警察1~3』『プロジェクトA1&2』『奇蹟/ミラクル』『五福星』『サンダーアーム/龍兄虎弟』『酔拳2』『レッド・ブロンクス』『デッドヒート』etc

─今回、馬とジャッキーの共演というのもテーマの一つですね。

市来:監督さん(ラリー・ヤン)がずっと馬の映画を撮りたかったというだけあって、馬とジャッキーの交流がじっくり描かれていてよかったですね。もう家族みたいでした。

イラスト・八雲ひろし

─今回の声優のキャスティングについて少しお話を聞かせてください。

市来:ジャッキーの娘(シャオバオ)役は重要な役でなかなか難しいのですが、今人気の水瀬いのり君がうまく演じてくれました。水瀬君は旬の声優さんで、シャオバオの心境の変化を繊細に表現してくれました。

ジャッキーの娘役のリウ・ハオツン(劉浩存)

─そういえばジャッキーは娘がいて関係がうまくいってない役がこのところすごく多いですよね(笑)。

 『ポリス・ストーリー/レジェンド』(14年日本公開 以下同)も『ポリス・ストーリー/REBORN』(18年)も『プロジェクトⅤ』(21年)も。

市来:そうなんですよ! 僕も初めて見たときまたかと思いました(笑)。今回もジャッキーのシナリオではないのですが、なぜかみんなそんな設定になっている。彼の私生活を反映しているのかどうか、そこは僕には分かりませんが(笑)。

─ユー・ロングァンを小山力也さんが演じてますね。市来さん演出のジャッキー吹替版には小山さんが必ず登場している印象があります(笑)。小山さんがお好きなんですね。

市来:ええ、好きですよ、リッキー(笑)。ユー・ロングァンに関しては『香港国際警察NEW POLICE STORY』(05年)で小山さんをキャスティングした流れで今作もお願いしましたし、アンディ・オンに関しても同作で伊藤健太郎さんをキャスティングしたので今回もお願いしました。

─『ライド・オン』の吹替版には、スタント名場面集もそうですが、ジャッキー映画のファンがニヤリとするセリフが結構ありますね。

市来:ジャッキーが娘の恋人ルー・ナイホァの両親と食事するシーンで、「蒸したジャコウネコ」と料理名をいいますが、あれは『ポリス・ストーリー3』(92年)なんです。元のビデオ版(吹替版)から引き継いでいます(笑)。

 そのルー・ナイホァという役名ですが、実は『ゴージャス』(99年)のエミール・チョウが演じた「盧乃華」と同じ名前なんです(『ゴージャス』ではロウ・ナイホァ)。あの映画でエミール・チョウは超金持ちのボンボンの悪役でしたが、今作でもそれに引っかけて「高い時計をした金持ちのボンボンか?」と娘の恋人(ナイホァ)を揶揄するセリフを入れました。ここは『ゴージャス』からの流れを分かる人は分かってくれるだろうということで入れたセリフです。

─いやー、吹替版深いです(笑)。ボーッとしていると聞き逃しちゃいます。ジャッキー映画へのいろんな目配せがあるんですね。ジャッキー映画への愛情といいますか。

 そういえば、劇中借金取りから逃げるジャッキーが、撮影所テーマパークで戯劇団の子供たちが演じる舞台に上ってしまうシーンがありますね。走りながらジャッキーが捨て台詞のように「七小福か」とつぶやきます。あれは元のセリフにもあるんですか?

市来:いや、僕が入れました(笑)。だって、映画の『七小福』(92年)とまったく同じシーンだったので。元の映画では舞台監督がサモ・ハンでしたけどね、そこが違うだけでまったく同じシーンだったので「七小福か」のセリフはやはり入れないと(笑)。

─そういった吹替版ならではのセリフでの楽しみが随所に入っているんですね。

市来:吹替版っていい意味での「一過性」なものといいますか、そこで見る人を止めて考えさせちゃいけないと思うんですよ。活字のようにここで伏線入れて、後で回収ということもできないですよね。流れていくセリフを見る人はいちいち覚えていませんからね。

 例えば本作のジャッキーの愛馬チートゥは漢字だと赤兎という名なのですが、字幕で「赤兎」と漢字が出てきても意味が分からないし、吹替で「チートゥ」と音で聞いても分からないので、「名前の由来は三国志の<赤兎馬>だ」とセリフで言わせれば由来も分かりますし、ジャッキーが言うと「なるほど」と頭にも入ってきます。

 よく「原語ではそんなこと言ってないじゃないか」と批判されるんですが、僕たちの世代はジャッキー映画をテレビで浴びるほど見てきて、でも、そんなこと言ってないことばかりでしたよね(笑)。それが、実に楽しかった。ここに原語に忠実な生真面目な吹替版と日本人に分かりやすく工夫された楽しい吹替版があったらどっちが見たいですか?と僕は思うんです。(笑)。

─『プロジェクトBB』(07年)の吹替版が大好きですが、あれはほんと面白かった。『Mr.BOO!』テイストに寄せていてそれがめちゃ楽しかったです。

市来:あれは広川太一郎さんですからね(笑)。マイケル・ホイが出てるんでしょうがない(笑)。惜しくも広川さんの遺作になってしまいましたが。

 

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ジャッキー・チェン『ライド・オン』公開記念 吹替版演出家・市来満さんインタビュー② - エンタメパレス (en-pare.com)