エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

この作品って今ならブロマンス映画!?     『狼/男たちの挽歌・最終章』①

 この分野を特集した地味な月刊文芸誌が完売・重版するほどの人気作『陳情令』や『山河令』などの中華ファンタジー時代劇。シャオ・ジャン(肖戦)をはじめとする匂い立つような美形男優たちの演じるブロマンスドラマが女性たちを虜にしているようだが、香港映画黄金期のアクション映画群もブロマンスでは負けてはいないぞ。まあ勝ち負けではないのだが(笑)。『陳情令』などとの大きな違いは、決して繊細な美形男優同士ではないというところで、でもそこが重要でしょうと言われそうだが。

 ジョン・ウー(呉宇森)監督の代表作の1本『狼/男たちの挽歌・最終章』について書いた「香港電影城4」の記事に手を入れて掲載します。ジョン・ウー監督の美学が結晶した作品である。

『狼/男たちの挽歌・最終章』。香港で購入したロビーカード。二人の名優の迫力!

アクション仕立てのゲイ・ムービーと評されて 

 『狼/男たちの挽歌・最終章』のアメリカ版ビデオソフトを見る機会があった(タイトルはずばり『THE KILLER』)。

 アメリカのある映画評論家がこの作品を評して「アクション仕立てのゲイ・ムービー」と書いていたそうだ。そんなことをいったらジョン・ウー(呉宇森)監督のノワール先品はほとんどがゲイ・ムービーになってしまう(泣)。

 

 それだけではない、わが東映のヤクザ映画、任侠映画もほぼゲイ・ムービーのカテゴリーで、高倉健と池部良のラストの相合傘も涙のゲイ・シーンといわれてしまうだろう。

 男と男の友情や絆をコテコテに描いた任侠映画やその影響下にある香港ノワール映画は、西洋人の目から見ると男同士の関係性が「過剰」に見えるのだろうか。 

 

 この英語吹替版ではチョウ・ユンファ(周發潤)の声は低いトーンの渋い声。ご存じの通り、実物のユンファの声は長嶋茂雄的に高い声だ(笑)。相手役のダニー・リー(李修賢)の声も二枚目風の甘い声に吹替えられている。もともとワイルドが売りの俳優なのでかなりの違和感だ。

 しかしこのアメリカ版を見ていちばんびっくりしたのは、中盤以降の見せ場、大殺戮シーンが大幅にカットされていたことだ。

 

 例えば、ヒロインのサリー・イップ(葉蒨文)を奪回し、コテージに潜んでいるところにダニー刑事が現れ、ユンファと共闘して、敵たちと激しい銃撃戦になるくだり。失明寸前のサリー・イップが敵と間違えダニー刑事に向かって引き金を引いてしまい、錯乱して泣き叫ぶという悲痛なシーンがある。

 この場面はさすがにカットされていないが、この敵たちとの大バトルシーンがあらかたカットされ、ユンファ、ダニー、サリーがなぜかすんなりコテージから車で脱出できてしまう。この戦闘シーンは、元版ではデビッド・ウー(胡大為)のシャープな編集によって、リズム感と高揚感のある素晴らしいアクションシーンになっているのだが。

 

 それだけではなく、ラストの山場、教会での(お得意の!)最終バトルシーンも半分近くカットされている。

 例えばユンファが宙に投げた弾帯をダニー刑事が狙い撃ち、飛び散った弾で敵をなぎ倒し、悪玉のシン・フィオン(成奎安)をぶっ飛ばす爽快な場面もない。

 ※2023年現在もアメリカでは銃による犯罪が多発している。この原稿を書いた当時もそうだった。ホームムービーとしてのビデオソフトには犯罪描写に関する大きな規制がかけられていたんだろうと思う。アメリカではこの映画をファンタジーではなく模倣可能な「リアル」と捉えている部分があるのかもしれない。

 

 これでは、追う者と追われる者、ふたりの絆が、生死の境をさまよう血の戦場のなかでしっかり結ばれていくといった心理的な部分が欠落してしまうではないか。

 まるでオデッサの階段シーン抜きの『戦艦ポチョムキン』や、シャワーシーンのない『サイコ』を見ているようではないか!

 

 いちおうあらすじを紹介しておこう。 

 ユンファ扮する殺し屋が、誤ってクラブ歌手のサリーを巻き込んでしまい、彼女の目にけがを負わせ、彼女はほぼ視力を失いかける。

 責任を感じたユンファは、サリーに近づいて知り合い、目の不自由な彼女の世話をするうちに愛し合うようになる。そして、海外での治療費のため、もう一度だけ殺しを引き受けるが、そこにはエージェントの罠が待ち受けていた…。

 90年代前半には、リチャード・ギア主演でアメリカ版リメークの噂があった。もしその頃実現していたらさぞやカッコよかったろう。

 

 とくにオープニングのシーンがいい。

 殺人エージェントのシドニー(朱江)から依頼を受けたユンファが、雨のそぼ降るなか、ナイトクラブに向かう場面は、本業が歌手のサリー・イップの歌う名曲「淺酔一生」をバックに、MVの映像のようだ。ここは粒子の粗い映像が効果を上げ、何事かを予見するようなゾクゾク感がある。

 続くナイトクラブ店内のシーン。客として入ってきたユンファのダンディで端正な横顔を恥らいながら盗み見る歌手のサリー。しかしユンファはクールにサリーの前を通り過ぎる。この後のスリリングで緊迫感あふれるアクションシーンは、何度見てもため息ものだ。

↓②に続く

この作品って今ならブロマンス映画!?     『狼/男たちの挽歌・最終章』② - エンタメパレス (en-pare.com)

 

香港で購入したポスターブロマイド