「香港映画祭2023 Making Waves – 香港映画の新しい力」で『風再起時』を見た。
本作はなんといっても「トニー・レオンとアーロン・クォックの映画初共演!」というのが最大のポイントだろう。TVB時代に共演しているとはいえ、映画では初共演。アーロンは、近年は映画に力を入れていて、日本公開された『プロジェクト・グーテンベルク 偽札王』(2020)でも素晴らしい演技を見せてくれた。トニーの世界的な活躍については言うまでもないだろう。
僕としてはフィリップ・ユン(翁子光)監督が佳作『九龍猟奇殺人事件(踏血尋梅)』(2015)以来8年ぶりとなる本作で、見応え十分なクライム・サスペンス大作を撮ったことも喜ばしい。
トニーとアーロン、本作で香港アカデミー賞助演男優賞を受賞したマイケル・ホイ(『Mr.BOO!』シリーズ)といった香港を代表するスターたちに関する記事が多いと思うので、こちらではフィリップ・ユン監督の作家性にフォーカスし、違う角度から本作の見どころを書いてみたい(ネタバレ含む)。
※この映画は11月2日に見たので、監督と脚本担当のスン・フェイ(孫霏)のQ&Aも終映後に拝聴できた。
※ちなみに映画タイトルはレスリー・チャン(張國榮)の名曲と同名。
『風再起時』Where the Wind Blows
主に1950年代から70年代、汚職が横行していた頃の香港を舞台に、実在したメガトン級の汚職警察官たちを描いたのが本作『風再起時』だ。
アーロン・クォック演じる主人公の名はルイ・ロック(雷洛)。
1940年代、見回りの新人警官のロックが賄賂を拒絶して仲間の警官たちから袋叩きにされる場面から始まる。
戦時下の、日本占領下で九死に一生を得たロックは、戦後は一転して人が変わったように汚職に走った。みるみるのし上がり、やがてロックを中心に4人の大物汚職警官が香港を支配するようにまでなる。
汚職仲間でありながら終生のライバルとなったナム・コン(南江)役がトニー・レオン。英語が堪能、インテリで狙撃の名手だ。
字も読めず猪突猛進型のロックと対照的なスマートなキャラクターをトニーが演じる。
※汚職警官4天王(4大探長と呼ばれた)のあとの2人は、個性派俳優のマイケル・チョウ(周文健)とパトリック・タム(譚耀文)が演じている。
ところで汚職警官物というと、アンディ・ラウがタイトルロールを演じた『リー・ロック伝 大いなる野望(五億探長 雷洛傳)』(ローレンス・アモン監督)前後編を思い出す人も多いだろう。『風再起時』と同じ主人公だ。香港の犯罪史に残る大物なのだろう。アンディ主演のこの映画でアーロン・クォックは確か後編でリー・ロックの息子役を演じていた記憶がある。1991年の作品で、当時香港映画界では実録犯罪映画ブームがあり、その中でも大ヒットした作品だった。
監督好みの俳優陣
『風再起時』には『九龍猟奇殺人事件』と共通点がある。
まずは俳優たちだ。主演のアーロン・クォックを始め、パトリック・タム、エレイン・ジン(金燕玲)、タイポ―(太保)などが両作品に重要な役で出演している。実力派の俳優たちだ。監督のお気に入りの俳優たちなのだろう。
特に印象的だったのは『九龍~』でヒロインを演じたジェシー・リー(春夏 チョン・シアという表記もある)という女優だ。
今回の『風再起時』でジェシーは、日本の占領下でロックの命を助けるが、日本軍に連行され蹂躙され死んでいく女性を熱演、短い出演場面だが、深く深く心に残る演技を見せてくれる。
<特別出演>的な感じだが、監督のたっての希望だったのかもしれない。
独特の語り口
次に映画の語り口にも前作との共通点がある。
ユン監督の前作『九龍猟奇殺人事件』は、邦題のイメージからか、残酷猟奇趣味的なゲテモノ映画なのかとの先入観があったが、見て驚いた。殺人事件の被害者の少女と、犯人の青年の内面を追求したシリアスな社会派の人間ドラマであった。
『九龍~』はこの年の香港アカデミー賞の多くの部門にノミネートされ、主演男優賞(アーロン・クォック)、主演女優賞(ジェシー・リー)、助演女優賞(エレイン・ジン)、撮影賞(クリストファー・ドイル)、そしてユン監督は脚本賞をそれぞれ受賞し、この年最大の話題作となった。
中国本土から香港に移住してきた貧しい一家の娘が、すさまじい孤独の中で道を踏みはずし、同じく孤独な青年と出会い、殺されバラバラにされた実在の事件を題材にしている。ヒロインは映画の冒頭ですでに死体となっているのだ。
その後、ジェシー・リー演じるヒロインの過去、近過去、殺人事件の捜査にあたる刑事(アーロン・クォック)の現在、殺人犯の過去と現在と、時系列と視点が錯綜するように重層的に描かれていく。
複雑に織りなす描写から真実が浮かび上がってくるような構成を取っている。
この時系列と視点の重層的な描き方は『風再起時』も同様だ。
アーロン扮するロックとトニー扮するナム・コンのそれぞれの人生に爪痕を残した日本軍占領時の描写(二人ともそっくりな若い俳優が演じている)と、50年~70年代香港、ロックの妻、そしてマイケル・ホイ扮するICAC(腐敗撲滅の任務を負った内部捜査班)責任者ジョージ・リーと、時系列と視点の多層的な描写は、しかし見事に整理され、物語をクライマックスへと導く。
ロマンスと、ちょっとミュージカル味
一方、相違点としては、1つ目に『九龍~』にはない、ホッとする洒落た描写もあることだ。
劇中、トニー演じるナム・コンがパーティでピアノを弾き、それに合わせてアーロン扮するロックがタップダンスを踊るシーンがある。
香港4大天王の中でも抜きんでてダンスの上手いアイドル、アーロンの姿を思い出し、香港ポップスファンは拍手喝采する場面だ。他にも『雨に歌えば』のジーン・ケリーのタップをアーロンが踊る短いシーンもあった。ここでは躍動的なアーティストであるアーロンの魅力を映画でもうまく活かしている。
※メーキング映像を動画サイトで見たが、トニーは結構ピアノを弾いていた。
ナム・コンは、実はロックの妻になる女性、蔡真(ドゥ・ジュアン モデル並みの長身!)を密かに慕っていたが、ロックに譲る感じで二人を見守る。ロックはもちろん気付いていない。そんな愛のラブ・トライアングル的場面もあとあと効いてくる設定だ。
ガンアクションシーンも見どころ
2つ目の大きな違いは、アクション場面があることだ。
もちろん前作はアクションシーンはないが、『風再起時』ではド派手なガンアクションのシーンがある。トニー扮するナム・コンが狙撃の名手であるという設定が生きる場面だ(なぜ狙撃の名手になれたのかも過去の回想シーンで明かされる)。
特筆すべきは、道を挟んで両方の建物からの銃撃戦のさ中、地面の下から見上げるショットが入ることだ。つまり道を透明なガラス状にして、地下から真上に向けたカメラアングルだ。その上に人の足と血しぶきが舞うという印象的なシーンである。
興奮し、手に汗握るアクションシーンだが、こんな描写は他にはあまり記憶がない。
アルフレッド・ヒッチコック監督が『下宿人』で、建物の階下の部屋から怪しい下宿人を見上げる場面で天井を透明にして、落ち着かず部屋を歩き回る下宿人を下から目線で描いたが、今回はもっと動的なアクション場面でこの手法を使っている。ここは必見のシーンで、筆者はもう一度見たい!
クローズアップの多用
3つ目の大きな違いとして、『風再起時』はクローズアップが多いことが挙げられる。といっても、これはまさに、アーロン・クォックとトニー・レオン、およびマイケル・ホイといった香港映画界を代表する芸達者たちが、「顔芸」で大画面を十分に持たせることができるからだろう。
感情の機微も垣間見えるクローズアップが効果的に多用されていた。
※実際には時代背景的に、当時の香港の再現セットを作るのはコストがかかり大変なので、役者のアップを多用しただけかもしれないのだが…。
マイケル・ホイの登場シーンは白眉
マイケル・ホイ扮する内部捜査班ジョージ・リーの登場場面は冒頭と後半にある。
マイケルが登場すると画面が引き締まった感じがする。冒頭ではトニー・レオンとの演技対決である。ここでの緊張感は半端ない。名優の一騎打ち的な感じだ。
そして後半には、この作品の白眉とも言える、ジョージ・リーの英語セリフでの長回しシーンがある。
監督と脚本家がQ&Aで話していたが、マイケル・ホイは芸能界に入る前は英語教師だったとのことで、50年の時を経て、このシーンに役立ったというわけだ。
イギリス人の総督や警察上層部との丁々発止のやり取りもすべて英語だ。脚本家のスン・フェイ氏は、英語で書いたセリフをマイケルに直されたと語っていた。
この映画のクライマックスシーンといえる感動的なシーンだ。マイケル・ホイはこの場面の演技だけで、香港アカデミー賞を受賞したといっても過言ではないだろう。
本作をもう一度、劇場のスクリーンで見てみたい。日本での劇場公開を切望する。
柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを日本公開時に劇場で見て以来か。
火が点いたのは『男たちの挽歌』、『誰かがあなたを愛してる』、『大丈夫日記』、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。
好きな香港映画は80年代後半~90年代前半に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。