エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

ジョニー・トニー監督『城市特警』は80年代香港アクション映画の底力を見せてくれる!

 2024年6月14日、早稲田松竹の「ジョニー・トー監督特集」レイトショーでレイ・チーホン主演、ジョニー・トー監督の初期作品『城市特警』を見た。日本語字幕入りの本作品を初めて劇場で見る幸福感は半端なかった。

 以前、主演のレイ・チーホンにインタビューする機会あり、ビデオやVCDで二度見たが、今回はスクリーンでじっくり味わうことができた。

 劇場WEBサイトの解説では、ジョニー・トーの単独監督作になるはずがプロデューサーのツイ・ハークの介入で共同監督となってしまったと書かれている。しかし、本作を改めて見て、ジョニー・トーのテイストが横溢した力のこもった熱い作品だと思った。80年代香港アクション映画全盛期に製作された、とてつもなくテンションの高い映画だ。

 ※「香港電影城4」(1997年刊)に書いた『城市特警』紹介記事を改稿して掲載する。

 

 

 一言でいうなら、珍しいレイ・チーホン(李子雄)主演作!

 アン・ホイ(許鞍華)監督の『客途愁恨』、シュウ・ケイ(舒琪)監督の『喝采の扉/虎度門』、スタンリー・クワン(監關錦鵬)監督の『ロアン・リンユィ/阮玲玉』等の名作・文芸作で、地味ながら存在感を示した名脇役チーホン。

 私生活ではチョウ・ユンファに電話で「おまえ最近明るくなったか?」といわれてしまうくらいシャイなチーホン。(『男たちの挽歌』ではユンファを裏切ったチーホンだが、『大丈夫日記』では重婚したユンファを献身的に助ける親友を演じた。チーホンはユンファを敬愛していると語っている)

 本当は、市場の魚屋のおやじや寅さんのような役が演じたいチーホン。「でも、そんな役のオファー、1度も来たことありません!」

 英国人の血を引くバタくさい二枚目で、移民局の公務員出身、ファッションモデルを経て、86年ジョン・ウー監督の傑作『男たちの挽歌』で準主役に大抜擢。しかし、兄貴を裏切る悪役ぶりが鮮烈すぎた! 同じくウー監督の『ワイルド・ブリット』でのまたもや裏切る悪役大熱演が決定打となり、その後は悪役オファーばかり続いたチーホンだが、デビュー直後の若き日に正義のヒーローを演じた貴重なポリスアクションがこの『城市特警』である。

 音楽担当はロー・タイヨー(羅大佑)、ローウェル・ロー(盧冠廷)。香港映画界を代表する2人の音楽家だ。彼らのノリのいい勇壮なテーマ音楽に乗って、香港警察隊の出陣していくようすが短いカットの重ね合わせで映し出され、冒頭から緊張感漂う滑り出しだ。映像編集はデビット・ウー(胡大為)。

 オリジナルシナリオは、後のスター監督ゴードン・チャン(陳嘉上。ストーリーは正直穴だらけだが…)。シネマシティ&電影工作室作品(チーホンは90年まで電影工作室と専属契約を結んでいた)というわけで、プロデューサーに当然ツイ・ハーク(徐克)とレイモンド・ウォン(黄百鳴)の名前がある。製作にはもうひとり、その後UFOのプロデューサーとなったクローディア・チョン(鐘珍)も名を連ねている。

 監督は2人。主にドラマ部分を受け持つジョニー・トー(杜琪峯)とアクション部分を受け持つアンドリュー・カム(金揚樺)。

 95年9月にチーホンにインタビューしたときの話だと、この映画、86年『男たちの挽歌』の直後に撮影されたのだが、スポンサーが経済的危機に見舞われ撮影が何度も中断、結局公開はだいぶ後の88年になったそうで、完成版をじつはチーホンはちゃんと見ていないのだそうだ。それを聞いて、思わず僕はチーホンに向かって言ってしまった。

「そうなんですか! それはもったいない。面白いのに」。馬鹿だね、ボクも。チーホンは優しく微笑んでくれました…。

 香港警察の潜入警官だった親友がマレーシアで黒社会に虐殺される。ある事件での精神的なトラウマから、手が痙攣する症状に悩まされ辞職を考えているチーホン警部だが、死んだ友のため、もう一度銃を取る。

 チーホン警部の協力者たち、部下のフィリップ・コク刑事(郭振鋒。有名なアクション監督、『ハードボイルド』のサングラスに黒手袋の殺し屋役が印象深い。『フルブラッド』のタクシー運転手役など個性的な俳優としてもおなじみ)、マレーシアからやってきた義に厚いサングラス刑事ロー・キンワー(盧景華)、そして新米刑事としてこのチームに参加するのが香港映画界の風間トオルことマシュー・ウォン(黃衍濛)で、看護婦役のジョイ・ウォン(王祖賢)が花を添える。ジョイはマシュー君の恋人役です。

 一方、敵のボスに扮するのが、我々香港電影仲間から「シドニー」と呼ばれるチュウ・コン(朱江)。黒社会の親分の朱に脅される小物悪党にウォン・サイキッ(翁世傑)。朱の子分の1人になんとロイ・チョン(張耀揚。ワンシーンだけの出演)、『月夜の願い』で「結核なんです、ゲボケボ」いっていたチャウ・マンギン(周文健)も、また悪のチンピラヒットマンとして登場、というわけで役者が揃っている。伝説の監督カーク・ウォン(黃志強)も役者として一瞬登場する。

右は我らがレイ・チーホン。左が朱江。朱江がシドニーと呼ばれるのは『狼/男たちの挽歌最終章』の役名で、あまりにも印象深い悪役ぶりからいつしか彼をシドニーとよぶように。

 冒頭の場面。人質に銃を突きつけ立てこもる凶悪犯。人質の足を撃てとフィリップ刑事に命じるチーホン警部。汗を拭いながら人質の足を撃ち、ひるんだ隙に犯人を狙うチーホンの銃…だが、手が痙攣し、動かない! なんとか間一髪で犯人を射殺するチーホン! つかみはOKだ。ケレン味たっぷりのシーンだが、その後、キアヌーの『スピード』にも同様の場面があった。

 ところで部下の刑事役フィリップ・コクは、レスリー・チャン主演の『夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて』でレスリーの顔に硫酸をかける悪役として登場するが、出演シーンはほんの少しで得意なアクションは無し。もったいない使い方だ。宝の持ち腐れである。

 この人のアクションは、ユン・ピョウやユン・ワー、ジェット・リーと匹敵するくらい切れ味がある。この映画でも、病院でのアクション場面などで、彼のキビキビした動きを堪能することができる。

 登場人物の死に方が相当残虐で悲劇性を強く帯びているのはジョニー・トー監督のかつての作風か。今の感覚では、こんなに死ななくても、ここまでやらなくてもと思うほどのヒステリックな過剰性があり、しかしそれがかつての、発熱しているような香港アクション映画の魅力でもあった。

 病院での黒社会組織と警察隊の銃撃戦は見ごたえ十分で、エレベータでのアクションもえげつない(しかしジョン・ウー監督の『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』よりはかなりおとなしい!?)。病院でのバトル以降も危機また危機の連続で緊張感も半端なく、最後の最後までダレることなく観客をつかんで離さない。

 この作品には『ザ・ミッション/非情の掟』以降のジョニー・トーのスタイリッシュな雰囲気はないが、チーホン警部と3人の仲間たちが仲良くふざけるシーンなど、その後のジョニー・トー風味を彷彿とさせる場面がある。

 危険だから辞めるといったフィリップ・コクもマレーシアに帰るために啓徳空港にいたサングラス刑事も、義憤を感じて立ち向かう新米刑事マシュー君も、チーホン警部のためにまた結集し、命を懸けた戦いに挑む。これはまさにジョニー・トーの世界ではないか!

「香港電影城2」(1996年)所収のレイ・チーホンインタビュー。優しくにこやかな紳士だった。インタビューは1995年9月の香港、啓徳空港近くのリーガルエアポートホテル地下のカフェにて行われた。

 ところで、チーホンは実際に足が速いのだそうで、100メートルを11秒台(!)で走るとインタビューで語ってくれたが、確かにこの映画、走る走る飛ぶの連続で、彼のすぐれた運動神経を見ることができる。飛ぶのはどこまでがスタントなのかはわからないが、走るチーホンは本物だ。確かに速い! ある日の撮影で、暑い香港の街並みを走るシーンを5時間もやらされたときは本当に死ぬかと思ったと語っていた。

 香港アクションの真髄を見せる一本!

 

 

柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを劇場で見て以来。
火が点いたのは『男たちの挽歌』『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン。