─吹替版演出家でいらっしゃる市来さんがジャッキー本を出されたということでそのお話も。タイトルが『成龍伝説』(ART NEXT刊 好評発売中)。市来さんの編著とお聞きしています。この企画はずっと温めてこられたものなんですか?
市来:はい、僕がずっと作りたかった本なんですよ。なかでも一番やりたかった企画がジャッキー映画の「チラシ大全」でした。これ、ぜんぶ僕の私物なんです(笑)。
─えー!! それはすごい。全作、しかもバージョン違いもすべてコレクションしてらっしゃる!
市来:はい(笑)。9歳のときに手にした『酔拳』(79年)のチラシから全部保管していました。これを図鑑風に見せたいというのが、企画意図のメインコンセプトでした。
─これ、チラシの裏まで載ってますね!
市来:そう、チラシの裏まで載せた本ってなかったんですよ、今まで。だから今回ぜひやりたいと思いまして、やりました(笑)。ちょっとサイズが小さいのは玉に瑕ですが諸事情ありましてご勘弁。
─この本、編集と構成にすごい手間がかかってますね。「ジャッキー大年表」の章など特に。
市来:これもぜひやりたかった企画ですが、めちゃくちゃ大変でした(笑)。ジャッキーが生まれてから映画界に入る70年代まではあまり本人ネタがないので、ジャッキーおよび中華系映画、アクションに関わる話題やジャッキーが尊敬する映画人のことを入れ、ブルース・リーはもちろん、千葉真一さんの『カミカゼ野郎 真昼の決斗』公開とか、バスター・キートンのことなどを入れて充実させました。
─スチール写真も満載でここまで充実した年表は見たことないです。
それから、「みんなで歌おうジャッキー・チェン」という企画も珍しいです。
市来:なかなかないですよね。これもぜひやりたかった企画でして、ジャッキー映画の主題歌の楽譜と歌詞、それも漢字とカタカナを並列して載せました。
─『プロジェクトA』(84年)や『酔拳』とか主演作だけでなく、リー・リンチェイ(ジェット・リー)の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』(93年)の感動的な主題歌も収録されていて嬉しいです。これ見ながら歌ってみたくなりました(笑)。
─「成龍伝説」では、世界を驚かせたジャッキーアクションの名場面が、実はサイレント映画時代、ハリウッド映画草創期で活躍したスター、バスター・キートン、ハロルド・ロイド、チャールズ・チャップリンといった巨人たちへのオマージュだとこの本で具体的に例証を挙げてらっしゃいますね。
市来:これ見ると驚くでしょう? ほとんどそのまんまの形でジャッキーは再現しています。これは比較画の画面をキャプチャーして載せましたが、ジャッキーはほんとよく勉強していますね。こういったアクションを取り入れながら独自のアクション世界を作っていったのがよく分かります。
─絵コンテとかあるんでしょうか?
市来:香港映画には台本がないとよく言われています。なのでなおさらこういったビジュアルといいますか、画的に自分が撮りたいシーンをしっかりイメージしていかないと撮れないでしょうからね。なおかつ自分で演じるわけですからね。
ジャッキーのアクションといいますか、成龍アクションチームの映画は大きなセットを組んで大きく見せるというのが基本です。ジャッキーは映画サイズでどう見せるかということをよく知っていますね。スクリーンの使い方を熟知しています。
ジャッキーが偉大な先人たちの技を継承したように、ジャッキー以後のハリウッドスターたち、トム・クルーズやブラッド・ピットやヴィン・ディーゼルたちが、ジャッキー映画をリスペクトし影響を受けて映画を作っています。
─ここで市来さんご自身のこともお聞きしたいですが、この業界に入られたきっかけは?
市来:ジャッキーも映画自体もすごく好きだったんですが、大卒すぐの頃はセールスマンをやっていました。でもあんまり向いてないなということが分かりまして辞めました(笑)。次はやっぱり自分が好きなことを仕事にしたいなと思いまして、映画業界を選びました。
─映画業界に関わる入り口が今のお仕事だった?
市来:はい。それで、映画の字幕を付けたり吹替版を制作したりする会社に入社しまして、字幕制作や番組制作などもやりましたが、最終的に吹替演出家という席に落ち着きました。今はフリーランスで仕事をしています。
─市来さんが手がけているのはジャッキー映画だけではなく、韓国映画や韓国ドラマ、ハリウッド映画に海外ドラマと広範囲に仕事されますね。
市来:もともと映画好きなのでどんなジャンル、どんな国の映画でもやりがいはあります。でもジャッキー作品は特別感がありますね。ジャッキー映画の吹替版の仕事してるときはやっぱり面白いです(笑)。ジャッキー・チェンと聞いただけでテンション上がりますから(笑)。
─さてここで市来さんが選ぶジャッキー映画ベスト3をお聞かせいただけますか。
市来:うーん、大変難しい質問です(笑)。
…まず1本目は『NEW POLICE STORY/香港国際警察』ですね。2004年当時の新世代の香港映画界のスター、ニコラス・ツェーやダニエル・ウーなどが共演してます。力のある映画でした。最近ニュースで知りましたが、この映画の続編をニコラス・ツェーが監督をするということで期待したいです。
あと2本はうーん…。好きな映画はいっぱいあるのでほんと辛い(笑)。
─すいません、厄介な質問で(笑)
市来:いえいえ(笑)。やっぱり『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(85)を挙げないわけにはいかないな。その流れでもう1本は『ポリス・ストーリー2/九龍の眼』(88)でしょうか。
これは後年あまり話題になりませんがとても良くできた作品だと思います。犯人追跡の集団捜査のシーンなど、当時見てこれはすごいと思ましたもん。ジャッキーのセンスはすごいと。『1』の続編でありながら新たな事件を盛り込んで2本分楽しい映画になっています。
─『ポリス・ストーリー1~3』は後の名女優マギー・チャンがヒロインですが、僕はいつもジャッキーのおかげで彼女が受難するのを見るのも楽しみでして(笑)、この『九龍の眼』が一番かわいそうだった(笑)。実際にアクションシーンで大ケガしても頑張った。
市来:そうでしたね(笑)。マギー・チャンはジャッキー映画の最大のヒロインじゃないでしょうか。
─市来さんにそう言っていただけて嬉しいです(笑)。
─最後に『ライド・オン』で締めていただこうと思います。
市来:ほんとうにジャッキーの集大成の映画だと思います。ジャッキーがこれまでしてきたことを描いているし、これを後続に引き継いでいきたい、残したいという意図があるように思います。 だからこそ最後、「全スタッフ全スタントマンに捧げる」というテロップで終わっているんだと思います。
昨今、スタントマンもいらなくなってきています。AIやCGを使って描くので生身の人間がいらなくなってきている。そういったことに対する警鐘もあるんだろうなと思います。劇中、ジャッキーがスタントマンに返り咲いて撮影するとき、ここから先はCGでやるのでいいですと言われてしまう。それを言うのが監督役のスタンリー・トン(スタントマン出身でジャッキー映画の監督でもある)とアクション俳優のウー・ジンじゃないですか。二人ともバリバリの生身のアクションをやってきた人たちですからすごい皮肉なんですね。
ジャッキーは劇中描かれているように家族をほったらかしにして危険なアクションに身を投じていた男ですよね。家族の犠牲の上に成り立っていたということも描いて、大変人間くさいですよね。しかも70歳になんなんとする男が危険なスタントに挑もうとする。「スタントマンはノーと言わない」というセリフもありますが、「スタントマンの命も大事、家族も大事」というメッセージも入っています。
『ライド・オン』を見ると香港アクション映画への愛を感じますね。
インタビュー①はこちらから↓
ジャッキー・チェン『ライド・オン』公開記念 吹替版演出家・市来満さんインタビュー① - エンタメパレス (en-pare.com)
市来さんがジャッキー・チェンの魅力と編著書「成龍伝説」について語られた下記の記事も併せてお読みください。
https://gendai.media/articles/-/129177
聞き手:柚木浩 八雲ひろし
文責:柚木浩
イラスト:八雲ひろし