エンタメパレス

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この作品って今ならブロマンス映画!?     『狼/男たちの挽歌・最終章』②

友情や憎しみを超えて相手と同化したい 

 ジョン・ウーは、美しいもの、清らかなもの、純粋なものと対比して「悪」を描くといった手法をよく使うが、この映画でもそうだ。

 教会での大殺戮。敵の放ったマグナム銃によって崩壊する聖母子像。銃弾の音に驚き飛び立つ白い鳩が教会のろうそくの火を消す…。

  

 『狼』の中盤どころ。砂浜で遊ぶ幼女のあどけない顔。その子の表情の変化から、ユンファは敵の気配を察知し反撃するが、その幼子は敵の銃弾に倒れる。

 清らかなものを踏みにじる巨悪への憎しみをつのらせ、我々観客の心を煽り、加速度的に映画へと感情移入させてしまうジョン・ウーの演出。殺戮シーンでのパイプオルガン(讃美歌)の使用など音楽の対位法的な使用もジョン・ウーの十八番だ(『フェイス・オフ』の「オーバー・ザ・レインボー」etc)。

 

 もう一つ、この映画で特筆すべきは名優ダニー・リーだ。存在感あふれるダニーの存在によってユンファは、『友は風の彼方に』(リンゴ・ラム監督)、そして本作『狼』と二本の傑作において一層輝いた。

 僕がタランティーノ監督の『レザボア・ドックズ』にいまひとつノレなかったのは、ラストで、ハーベイ・カイテルがなぜあんなに潜入警官ティム・ロスをかばうのかいまいち納得できなかったからだ。

 『レザボア・ドッグス』の元ネタの『友は風の彼方に』のほうは、ユンファとダニーの男の友情を十二分(少ししつこいが)に描きこんだからこそ、ラストシーンが頭の中だけでなく、身体や感覚でも理解することができたのだ。瀕死の潜入警官ユンファを抱きかかえて「俺もついてくぜ!」と叫ぶヤクザのダニーにすんなりと感情移入できた。

 

 最後にブロマンス感があるとすればここ、というシーンに触れておこう。

 ユンファ扮する殺し屋がエージェントの裏切りにあう場面。椅子に座ったまま椅子を滑らせ敵を射殺するシーンが流麗でカッコいい。その数時間後、事件の担当になったダニー刑事が殺人現場の検証に訪れて、ユンファと同じ仕草を繰り返しながら想像し、プロファイリングする。

 この作業を殺人現場でダニーは何度も丁寧に行う。映像は二人の行動、仕草をオーバーラップさせる。

 ここはジョン・ウー監督の演出によって、殺人者の行動を理解しようとしている刑事、というよりまるでダニー刑事が殺し屋ユンファに同化したいと切望しているかのように見えるのである(この場合はダニーが受けでユンファが攻め!?)

 その後、ダニー刑事は、殺人事件の糸をたどっているうちに、吸い寄せられるようにユンファと出会い、地獄の道行を共にたどることになる。建前は殺人課の刑事としての正義感だろうが、本当にそうなのか。

 このあたりの描写が、アメリカで「アクション仕立てのゲイ・ムービー」と評された所以だと思う。とするとジョン・ウー監督は、元々ブロマンス映画の先達なのかもしれない!? 『男たちの挽歌1&2』も『ハードボイルド』もそうだ。『フェイス/オフ』では、ジョン・トラボルタ扮する刑事は悪の首領ニコラス・ケイジの顔を移植して宿敵になり替わり(ややこしい)、まさに同化してしまうのだ!! 

 殺戮シーンがまるで愛のシーンと同じように官能的なジョン・ウーの香港ノワール映画は、アクションシーンに注目しがちだが、同時にその過剰な男同士の友情(!?)描写ゆえ、今見直すと違う面白さを堪能できるかもしれない。そう、もしかしたら中華系ブロマンスドラマの源流の一つはジョン・ウーなのかも!?

 

 

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柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを日本公開時に劇場で見て以来か。
火が点いたのは『男たちの挽歌』シリーズ、『誰かがあなたを愛してる』、『大丈夫日記』あたりから。
好きな香港映画は80年代後半~90年代前半に集中しているが、ジョニー・トー作品は別格。
邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。

『ブリッジ』『キリング』など北欧ミステリー系も好き。