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我が香港映画ベストテン 『誰かがあなたを愛してる』~アレックス・ロー監督の思い出~

プロローグ

 少し前だが、仕事で知り合った人に「必見の香港映画を10本紹介して」と頼まれて結構悩んだが、悩むのもなかなか楽しかった。結局そのときは自分が一番情熱をこめて見ていた頃の香港映画を中心に選んだ。そして今回もやはり自分がかつて感動し、衝撃を受けたような作品を選んだ。

 このところ、コロナ禍やロシアの軍事侵攻、暗殺や虐待など暗い世相が続いて気分が鬱々とする日々を過ごしがちである。こういうときは何か精神的なデトックスが必要と思い、毎週末に80~90年代の懐かしい香港映画を見るようにしている。配信サービスは4社加入していて結構見ることができるし、香港や台湾で買ったDVDもかなりある。そんなわけで、Huluで配信中の『誰かがあなたを愛してる』を再見し感動した。まさにデトックスだった。

  というのも最近、知人からある香港映画人の悲報を聞いたからだ。知人は中国語が堪能なので、情報源は香港の新聞記事だった(このところ香港がらみの悲しい知らせが多い)。

  2022年7月2日、名脚本家のアレックス・ローが永眠したという。享年69歳。アレックスは、メイベル・チャン監督の夫で彼女の作品のほとんどの脚本を書いている(ドキュメンタリー作品は除いて)。アレックスは監督として『七小福』や『恋のトラブルメーカー』等も撮っている。

 僕の香港映画ベストテンの1本目に選んだ作品は彼らの代表作。

 1988年香港アカデミー賞3部門受賞の栄誉に輝いた名作である。この文をアレックス氏への餞(はなむけ)にしたい。

 

『誰かがあなたを愛してる(秋天的童話)』メイベル・チャン(張婉婷)監督 アレックス・ロー(羅啓鋭)脚本 ローウェル・ロー(廬冠廷)音楽 チョウ・ユンファ(張潤發)、チェリー・チェン(鐘楚紅)、ダニー・チャン(陳百強)出演

 

  この映画は、87年の香港公開。2022年は香港公開35周年にあたる。

  1987年、主演のチョウ・ユンファはブームの頂点にいた。出演作も『男たちの挽歌Ⅱ』『プリズン・オン・ファイアー』『友は風の彼方に』などの傑作が目白押しで、<亜州影帝>と崇められたほどだ。

  ユンファとは『ファントム・ブライト』『いつの日かこの愛を』で息の合った名コンビぶりを謳われた女優チェリー・チェンが共演している(彼女はこの作品の3年後の90年に29歳の若さで惜しまれて結婚引退)。

 『秋天的童話』という原題が示すように、秋に起こった大人のおとぎ話を2人の旬の大スターが陰影豊かに演じているが、作品の底には「移民問題」も内包している。

  この映画は、監督メイベル・チャンのアメリカ留学体験がベースになっているという。ノワールやアクション映画全盛期のこの時期に、外国が舞台の、このようなある種地味なラブストーリー作品がよく作られたものと思う。実際、企画は当初難航したらしいが、『五福星』シリーズでおなじみの俳優ジョニー・シャムがメイベル・チャン監督のためにプロデューサーとなり実現したという。映画は87年、香港で公開され大ヒット。人気抜群の2大スター共演の威力も大きかっただろう。

 香港映画界を代表する作曲家ローウェル・ロー(廬冠廷)の音楽が、秋のニューヨークの風景をバックに愛の物語を静かに美しく彩る。ピアノによるテーマ曲は名曲だ(サントラが欲しくなる)。

 

日本公開時のチラシ。バットとグローブとNYメッツの野球帽がいい感じだ。ちなみにメッツは1986年にワールドシリーズで優勝した。NYロケはそのころか。グローブは理由があってチェリー・チェン扮するヒロインが香港から持ってきたものだ。劇中、チェリーはこのグローブで鍋を運んだり便利使いしていた(^^)

 ジェニファー(チェリー・チェン)は演劇を勉強するため香港を旅立ち、ニューヨーク行きの機内にいる。見つめるのは数枚の写真。若い男性とジェニファーの幸福そうな2ショットばかりだ。

 JFK空港に降り立ったジェニファーは、初対面の遠い親戚サミュエル(チョウ・ユンファ)に会い、チャイナタウンの安アパートに向かう。びっくりするようなボロい車で迎えに来てくれた。彼は「船頭尺(字幕ではシュンタウ)」というあだ名で呼ばれる、大柄で一見粗野な感じの男であった(本名はサミュエル・パン。略すとサムパン)。

 彼女には一足先にNYへ留学していた恋人(ダニー・チャン)がいたが(飛行機で見ていた写真の男性)、彼には現地ですでに新しい恋人が出来ていた。

  慣れない海外生活と恋人の裏切りとで大ショックのジェニファーを何かと励ますサミュエルの素朴な優しさに、彼女は少しずつ惹かれていく。

  サミュエルも、ジョニファーと一緒に時を過ごすうち、恋心を抱くようになっていた。夜遅く電話で眠れないと訴えるベビーシッター先の女の子に子守唄を歌ってあげる彼女の優しい人柄や、失意の中でも懸命に勉強とアルバイトに取り組む姿に目が離せなくなっていく。

 しかし性格も教養も育ちも違う2人は、様々な誤解もありうまくいかない。

 ジェニファーがアパートを出ることになった日、サミュエルはジェニファーが欲しがっていた高価な時計バンドを贈る。ジェニファーは逆にサミュエルにバンドのない自分の大事な時計を贈る…。

 そのまま時が経つ。

 ある日、ベビーシッター先の女の子と海辺を散歩するジェニーファは<サムパン>という名のレストランの看板を発見する。そして…。

 

 時計のバンドのエピソードは有名なオー・ヘンリーの短編「賢者の贈り物」(The Gift of the Magi)を下敷きにしている。賢者とは東方からキリストの誕生を祝うために贈り物を持ってやってきた三博士たち。クリスマスプレゼントの起源らしい。

 しかしこの映画ではクリスマスではなく、11月9日、サミュエルの誕生日のエピソードがクライマックスになっている。

 ジェニファーがNYまで追いかけてきた恋人役のダニー・チャンは、抜群の歌唱力を持つバラード歌手で、80年代後半は大変な人気だった。僕も何本かカセット(!)を持っていたが、92年に昏睡状態で病院に運ばれ翌年息を引き取った。まだ35歳だった。しかしこのような名作に出演したことで、29歳のイケメンの姿のまま永遠に残ることになった。

 

 最後にこの映画の記憶に残る名場面を。

 カモメが乱舞する浜辺のシーンが美しい。ユンファとチェリーが笑顔で砂浜を歩くシーンは随所にロングショットが効果的に使われている。

 ユンファとチェリーの馬車のシーンも最高だ。ワインをラッパ飲みしながらうっとりするチェリー。大都会と馬車。まさにニューヨークで体験する「おとぎ話」的な演出である。

 大リーグのNYメッツの野球帽を被ったユンファとチェリーが野球をするシーンも好きだ。二人の心が通い合っていく雰囲気がよく出ている。

 しかしこの映画の白眉は、チェリーにプレゼントを買って、NYの街をひたすら走って走って走るユンファの疾走ぶりかもしれない。幸福感があふれ出るユンファの笑顔は見ているこちらも思わず笑顔にさせてくれる。

 とにかく走るユンファ。

 この映画を見ると幸福な気分になれます。

 柚木 浩(映画ライター)