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リュ・スンワン監督『密輸 1970』は見ないと損! こんなアクション、見たことないぞ‼

 

7月12日(金)よりロードショー
【原題:밀수/英題:SMUGGLERS/2023年/韓国/韓国語/129分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵】 mitsuyu1970.jp 公式SNS(X)@mitsuyu1970
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 韓国アクションノワール映画の雄リュ・スンワン監督の新作がいよいよ公開される!

 個人的には2002年『血も涙もなく』を見て以来のリュ監督作品のファンで、過去作ではファン・ジョンミン主演『ベテラン』(刑事たちの決して権力に屈しない正義感が炸裂!)、キム・ユンソク&チョ・インソン主演『モガディシュ 脱出までの14日間』(ソマリア内戦勃発の中での九死に一生を賭けた脱出劇!)が代表作といえるだろう。

 『モガディシュ 脱出までの14日間』では、混乱の中、韓国大使館員たちがたくさんの砂袋と本を盾として乗用車にぶら下げ、「即席装甲車」を作る場面が忘れがたい。数台の車の中には、南北の大使館勤務スタッフ、その家族の女性や幼い子供たちも乗っている。ソマリア政府軍・反政府軍の銃弾の飛び交う中を走り抜ける絶体絶命の脱出行は、クリント・イーストウッド監督の『ガントレット』を想起させる名シーンだった。

 

『ベテラン』『モガディシュ 脱出までの14日間』、どちらも胸が熱くなる「心意気の映画」だ。大ヒットした『ベテラン』は、大富豪の暴力的極悪息子ユ・アインがやりたい放題、権力と結びついて無双状態になるが、ファン・ジョンミン刑事は被害者の悲しみを背負って敢然と立ち向い、叩きのめす! 

 そして、新作『密輸 1970』もヒロインたちが大活躍する心意気熱盛(あつもり)の痛快アクションノワールで、リュ・スンワン監督らしい一作だ。

 ところで、リュ監督の初期作品『血も涙もなく』について少し書くと、2002年当時、主演女優のチョン・ドヨン目当てで見に行ってその面白さと熱気ににたまげたものだ。スティーブン・ソダバーグ監督を思わせる、ちょっとオフビートな感覚と切れ味鋭い展開、スピーディにたくさんの登場人物を描き分ける手際の良さ!

 今思えば、本作『密輸 1970』と同じく、女性二人が乱暴で粗野な男たちに戦いを挑むストーリーだった。ドヨン演じるヤクザの情婦と元金庫破りのプロでタクシー運転手のイ・ヘヨン、女性二人の共闘ぶりは、容赦なく打ちのめされ傷つきながらも立ち上がる姿が感動的だった。

 リュ監督作品の真っ向勝負の痛そうなケンカアクションは対男性だけでなく対女性にも炸裂する点では、本作でも共通している。

主人公の海女さんチーム!

 さて、『密輸 1970』である。

 物語は1970年代前半、韓国の漁村クンチョンが舞台。

 海が工場廃棄物で汚され、地元の海女さんチームが失職の危機に直面。リーダーのジンスク(ヨム・ジョンア)は仲間の生活を守るため、海底から密輸品を引き上げる非合法な仕事に手を染める。しかし作業中、税関の摘発に遭い、ジンスクは刑務所送りとなり、親友チュンジャ(キム・ヘス)だけが現場から逃亡した…。

 2年後、ソウルから忽然とクンチョンに舞い戻ってきたチュンジャは、出所したジンスクに新たな密輸のもうけ話を持ちかけるが、ジンスクは裏切って逃げたチュンジャを許せない…。

 密輸王クォン(チョ・インソン)、チンピラ軍団のリーダー、ドリ(パク・ジョンミン)、税関の責任者ジャンチュン(キム・ジョンス)といった曲者、悪党どもの思惑が交錯するなか、苦境の海女さんチームは人生の再起を懸けた大勝負に出る……。

 

左がジンスク(ヨム・ジョンア)、右がチュンジャ(キム・ヘス)。ふたりは一緒に育ち親友だった

 なんといっても主演女優二人の存在がこの映画の第一の魅力だ。

 海女のリーダージンスクを演じるヨム・ジョンアがいい。

 日本でのリメーク作の放映も始まる大ヒットTVドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』の主役だ。主役といっても決していい人ではない、傲慢さと劣等感を併せ持つ難しい役どころをリアルに演じた。

 元準ミスコリアらしいスレンダーな長身。ドラマでは『ロイヤルファミリー』(森村誠一の「人間の証明」が原作)の好演、映画では『箪笥』の恐怖の表情を浮かべる病的な母親役が印象に残る。

 しかし本作では田舎の港町の海女さん役だ。いつもと180度違う役柄ながらヨム・ジョンアが演じると気品と一本芯が通った感じがするから不思議だ。

 

 一方、海女さんチームのジンスクの親友チュンジャ役キム・ヘスはまさにハマり役。孤児となって海女さん一家に預けられ育っただけにしぶとくバイタリティ満点の女性だ。度胸もあって派手なことが大好き。これはもう素のキム・ヘスが映画の中でしゃべったり動いているような気がしてくる。

 過去作では『10人の泥棒たち』『コインロッカーの女』が印象に残るが、妊娠偽装した落ち目のトップ女優役を演じたハートフル・コメディ『グッバイ・シングル』のキム・ヘスは、明るく強気ながらも孤独で繊細な内面を表現して見事だった。親友の優しいスタイリストに扮したマ・ドンソクも傑作(この映画では鉄拳はふるいません)。

 本作でもそうだが、キム・ヘスは強気で度胸があってカッコいいけどかわいい女を演じたらピカイチだ。

密輸王クォン役のチョ・インソンの壮絶アクションシーンも見どころのひとつだ

 男優についても触れておこう。

 『モガディシュ 脱出までの14日間』に続いてリュ・スンワン作品に出演のチョ・インソンも渋みも加わって、すごくいい表情をするなと感じた。

 キム・ヘス演じるチュンジャと名コンビとなる密輸王クォン役。出だしは、なんかこいつ怖え~なと震え上がるのだが、一度利害と気持ちが通じ合うと命がけで守ろうとする。カッコいい! ここでは詳しく書けないが、劇中、大バトルアクションを演じているのだが、凄まじい迫力である。

 チョ・インソンは元々イケメン・長身でカッコいい人ではあるのだが、最近深みが出てきた。日本でも話題となったTVドラマ『ムービング』では超能力者に扮し、暗い影のあるスーパーヒーローぶりで芸域を広げた感じもある。

 このように、リュ監督作品ではとにかくキャラが立っているのが特徴だ。俳優の個性をめいっぱい引き出している。

 監督の実弟、個性派俳優のリュ・スンボムが今回出演していないのがちょっと残念だが、本作では上記の3人以外にも韓国の菅田将暉ことパク・ジョンミン演じるチンピラのドリも、コ・ミンシ演じる喫茶店の女経営者オップンも、生き生きとしていて魅力的なキャラだ。

チンピラのドリ役のパク・ジョンミン。『ただ悪より救いたまえ』で第41回青龍映画賞 助演男優賞を受賞している

 本筋に関係ないのだが、劇中1970年代の韓国の密輸品が日本製品だらけだったのが印象に残った。ソニー、サンヨー、ナショナル、東芝etc、高度経済成長期の日本の電化製品がこれだけ世界の憧れの製品だった時代があったのだなと改めて思った。

 海女さんチーム、麻薬王、チンピラヤクザ軍団、税関、4ドモエの展開はどんどん加速してして終盤になだれ込む。そして海女さんチーム大活躍の海洋アクションが炸裂する。こんなアクション、見たことないぞ!

 もう、気分爽快以外ないものでもない後味の良さ! 必見です。 

 

柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを日本公開時に劇場で見て以来。
火が点いたのは『男たちの挽歌』『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。

韓国映画愛好歴は90年代後半あたりから。初めて韓国の映画館で見た作品はソン・ガンホ主演の『反則王』。好きな韓国映画は『オーバー・ザ・レインボー』『殺人の追憶』『八月のクリスマス』『永遠の片思い』『グエムル 漢江の怪物』『ベテラン』『犯罪都市』など。好きな女優はチャン・ジニョン、イ・ウンジュ、シム・ウナ。