エンタメパレス

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音楽プロデューサーの今だから言えること【ジョイ・ウォンのレコーディング裏話】(連載7)

はじめに。

元ソニー・ミュージックエンタテインメントのプロデューサー今泉雅史です。

「最近のヒットチャートはわからない」「音楽の分断化が進み国民的ヒットがない」「昔の曲がいい、今の曲がいい」とか言い争うのはよしとしても、好きなジャンル以外に関心が無いのは、困ったものだ。

 いま、アイドルの世界では、ジャニーズ問題が大きいが、Jポップスの世界ではアーティストがダイレクトにSMSから発信するスタイル、今までのメーカー、プロダクションの枠を取り払ったミニマムな展開からの自然発生的なヒットの時代を迎えている。

 自主制作を超えた新しい配信と、サブスクの時代に、あえて70年代から90年代のアナログからCDへの転換を最大トピックとする音楽業界の派手でキラキラした世界だけでない、約30年間、業界で働いた当事者としてリアルにもう一つの事実を伝える事で、これからの音楽やクリエイティブを担う、担いたいピープルに、温故知新というか、ちょっとしたヒントになればという気持ちから書き記す連載です。

 

 

 『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』主演ジョイ・ウォンは意外にもアスリートの雰囲気でゲラ子

 

 いにしえの話、香港が、まだイギリス領で、アジアの映画産業の中心にあった頃、ひときわ大ヒットした映画があった。

 ツイハーク制作のロマンティックホラーは、その名も"チャイニーズ・ゴースト・ストーリー"。人気スターのレスリー・チャンやトニー・レオンと共演した幽女役の主演女優こそ、台湾出身の絶世の美女、エイジアンビューティー、ジョイ・ウォンであった。香港のみならず、日本、韓国も含むアジア中で公開した同作品は大ヒット!

 連続してパート2、パート3が公開されることになりパート3に関して日本限定で日本語歌詞のテーマソングを創るという話しになった。当時、僕も妻も香港映画にどっぷりでふたり共ジョイが大好きだったので役得の良き仕事だった。

 

 なぜか顔合わせと初歌唱は某カラオケ店で。ジョイが日本で歌手デビューすることを極秘にしたいマネージメントサイドの要望だったのだけど、日本ではありえない体験。
 素顔のジョイは、めちゃくちゃ美しくまさにアジアンビューティーの極み。でも、映画の印象より高身長で筋肉質でアスリートって感じもした。しかも気さくでゲラ子で気難しい女優とは大違いだった。
 ちなみにマネージャー氏は一見、地味なおじさんでごく普通のジャンバーにパンツだったが、時計が金ピカのロレックスでさすが香港芸能界と納得したものだ。

 さてどんな作品にするか、美しい幽霊からのラブレターというコンセプトで、ラブソングなら当代ピカイチの松井五郎に作詞を依頼、これまたヒットメーカー中崎英也のメロディに載せて"永遠に抱きしめて"というタイトルに決めた。

 とにかく当時、ジョイがいちばん売れていた時期のレコーディングだったため歌入れに2日のタイトスケジュール。しかも、初めて日本語の歌に挑戦するとあってなかなか大変だった。声質は悪くないから日本語をもう少し流暢にできたらと思いつつも、なんとか予定通りリリース。映画の中でも使用してもらったが、残念ながらオリコン75位に終わった。

 カラオケ店でジョイ、僕、上司がおさまった写真が良い思い出となったとさ。1991年の事であった。今、本人は結婚しカナダで悠々自適な生活を送ってるという。

◾️ 中国13億人から選ばれた歌手シーヤンのレコーディングには人民解放軍の幹部が立ち合い

 もう1人の中国美女は、なんとなくNHKスペシャルを見ていたら、中国13億人から選ばれた歌手!ということで、徐洋(シーヤン)が紹介されていた。チャイナTVの全国オーディションという事だった。

 興味を持ったけど、コネクションも無しだしなぁと諦めかけていたら、当時仕事をしていたプロダクションのスタッフが、チャイナレコードの制作責任者を知っているという事で、なんかトントン拍子にシーヤンの日本デビュー作戦が決まった。大至急こちらのスタッフイングを決めコンセプトを纏めて、まだ空気が澄んでいた北京空港に降り立った。

 チャイナレコードの方の名刺には、総書記の肩書きがあった。サウンドは二胡、胡弓などの中国楽器で固め、楽曲を日本の代表的アーティスト山口百恵のベストソングで、アーティストビデオは故宮をはじめ寺社と公園でエキゾチックな雰囲気を狙う等、目一杯チャイニーズビューティーをフィーチャーしていった。びっくりしたのはレコーディングに人民解放軍の幹部が来たのには緊張した。ま、そういう国か!?

 でも、なんとかカタチにはなって、打ち上げの豪華な本場の北京料理は僕には日本の町中華の方が美味しかったのはご愛嬌。こうして初めてづくしの作業を終えたものの、知名度がない彼女のプロモーションがなかなか難しく、結果が出なかったのは残念でならない。個人的には中国の音楽事情を生で知れた事で良しとしようか。

【教訓】

拙速に事を進めず、まずは制作前にメディアや宣伝部への根廻しを徹底して油撒きをしておくべきだった。当たり前か。国際的ヒットは楽ではないんだから。でもこれからを担う皆さんには、韓国勢に任せる事なく、日本から、アジア、世界へのヒットをぜひとも目指して欲しいと切に願っている。

 

※文中では敬称は略して表記させていただきました。

 

今泉雅史(音楽・落語プロデューサー、プランナー)
1973年広告会社入社。コピーライターとして企業広告、日産チェリー等を手がける。1975年、ソニーミュージックエンターティンメント(当時はCBSソニー)に入社。洋楽宣伝、大阪営業所販促を経て1980年より邦楽プロデューサー。主な担当アーティストはHOUND DOG(ハウンドドッグ)、PSYS(サイズ)、ZELDA(ゼルダ)、すかんち、the東南西北、溝口肇、白井良明(ムーンライダーズ)など。2007年、カタログマーケティング中心のソニーミュージックダイレクトに移動、YMO、シーナ&ロケッツ、戸川純、等アルファレーベルを担当、2009年から伝統芸能、落語を中心のレーベル、来福を立ち上げる。主な作品、古今亭志ん朝、柳家小三治のDVD全集。春風亭昇太中心の新作ユニットSWA(すわ)のCD.DV D等。2012年退職。フリープロデュサーとして、落語イベント‘’渋谷に福来たる"等のの企画、制作に携わる。