エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

韓国で23年度興収第1位、映画『ソウルの春』はイケオジの壮絶演技バトルで歴史的クーデターを描く!

 

 1979年に起きた韓国の歴史的クーデターを元にフィクションを加えて描く『ソウルの春』を観て、改めて同年の日本のことを調べてみたらインベーダーゲームが大流行し、ウォークマンが発売され、「セクシャル・バイオレットNo.1」のCMコピーと同じタイトルの曲がヒットしていた華やかな時代でした。
 しかし、お隣の韓国では大統領暗殺から軍事クーデターという凄まじい歴史の転換機を迎えていたということに今さらながら衝撃を受けました。

 タイトルの「ソウルの春」とは、1979年10月26日独裁者として名高いパク・チョンヒ大統領暗殺から新軍部による12月12日の軍事クーデター、そして1980年5月18日の光州虐殺事件までのことを指します。1968年8月、社会主義体制下のチェコスロバキアで起きた民主化運動が軍事介入で弾圧された「プラハの春」になぞらえ称されているのです。

 

f:id:manareax:20240814143942j:image

【ストーリー】
 1979年10月26日、独裁者とも言われた大韓民国大統領パク・チョンヒ(朴正煕)が、自らの側近に暗殺された。国中に衝撃が走るとともに、民主化を期待する国民の声は日に日に高まってゆく。
 しかし、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官は、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを率い、新たな独裁者として君臨すべく、同年12月12日にクーデターを決行する。
 一方、高潔な軍人として知られる首都警備司令官イ・テシンは、部下の中にハナ会のメンバーが潜む圧倒的不利な状況の中、自らの軍人としての信念に基づき【反逆者】チョン・ドゥグァンの暴走を食い止めるべく立ち上がる。

 チョン・ドゥグァンを演じるのは韓国きっての名優ファン・ジョンミン。『ユア・マイ・サンシャイン』(05)の純朴な役柄から「工作 黒金星と呼ばれた男』(18)では北朝鮮に潜入するスパイ、ドラマ『ナルコの神』(22)では麻薬王の裏の顔をもつ神父など、これまでも彼は実話から生まれた作品の主演で圧倒的な存在感を発揮してきましたが、本作では特殊メイクを施した薄毛で登場し、高笑いする憎々しい姿が凄まじい迫力!

f:id:manareax:20240814144019j:image

 もはやこれまでーという状況も狡猾さと恫喝でまわりを従わせのしあがっていく独裁者を演じ、怪優ぶりを見せつけます。

 対するイ・テシンを演じるチョン・ウソンは、本作のキム・ソンス監督とタッグを組んだ『ビート』(97)でブレイクし、同監督のノワール作『アシュラ』(16)では悪徳刑事を演じ新境地を開きました。本作では『私の頭の中の消しゴム』(04)など恋愛映画でみせるシュッとしたイケメンぶりを半減させ、正義を貫く凛々しい軍人でかつ妻には思いやりのある役どころを熱演。

f:id:manareax:20240814144035j:image 

 卑劣な男VS高潔な男、とにかくこのふたりの対決がただならぬ緊張感で歴史的な9時間を濃縮した後半からラストまでは手に汗握りっぱなし! 

f:id:manareax:20240814144104j:image 

 これまでも『 モガディシュ 脱出までの14日間』(21)『極限境界線 救出までの18日間』(23)など実話をスリリングなストーリーに落とし込み、エンタメ作として昇華する韓国映画の巧みさには脱帽でしたが、本作では反乱軍と鎮圧軍の対立を軸に据え、それぞれの指揮官を中心に、彼らの対立と攻防を繊細に描写。
 さらにリアリズムを徹底的に追求した映像で、1979年当時の空気感を現代に甦らせることで、観客の没入感を高めているのです。

 しかし、最後に笑うのが卑劣な男チョン・ドゥグァンというのがあまりに不条理ですが、腐敗した人間が権力を持つ恐ろしさを痛感させます。

 反乱軍にも鎮圧軍の上層部の中にも、自らの信念もなく有利なほうにつこうとする風見鶏のような高官たちが存在し、兵士たちが翻弄される様には怒りと悲哀を感じずにはいられません。

 とりわけいちばん許せないのは国防長官オ・グクサン(キム・ウィソン)最高責任者であるにもかかわらず、米軍司令部に逃げ込み、自分の保身しか考えない言動に呆れるばかり。もし、彼にイ・テシンの高潔さがあれば歴史が変わっていたと言えるかもしれません。

 本作に関連する作品である1979年パク・チョンヒ大統領暗殺事件を描く『KCIA 南山の部長たち』(20)と1980年の光州虐殺事件を描く『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)は必見。この2作を観るとより深く本作が心に迫るはず。

 タクシー運転手が目撃した光州の凄惨な悲劇はこの独裁の影響下でもたらされたものだったとわかり胸が締めつけられました。

 それにしても一連の事件が起こったのはたかだか45年前。そんな暗黒時代から、急速な経済発展を成し遂げた韓国。さらに、K-POPや韓流をここまで世界的に拡大させたエンタメパワーに驚愕さぜるをえません。

 

◇作品詳細
『ソウルの春』

2024年8月23日(金)より新宿バルト9ほか全国公開

監督:キム・ソンス
脚本:ホン・ウォンチャン、イ・ヨンジュン、キム・ソンス
出演:ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、
キム・ソンギュン、チョン・マンシク、チョン・ヘイン、イ・ジュニョク
2023年/韓国/韓国語/142分/シネマスコープ/5.1ch/字幕翻訳:福留友子/字幕監修:秋月望
原題:서울의 봄(英題:12.12:THE DAY)/G/配給:クロックワークス
公式HP:

https://klockworx-asia.com/seoul/

© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

 

村上淳子(むらかみあつこ)
映画ジャーナリスト/海外ドラマ評論家
雑誌『anan』のライターとして活動後、海外ドラマ、映画を得意分野に雑誌やWEBサイトに寄稿。著書に『海外ドラマ裏ネタ缶』(小学館)『韓流マニア缶』(マガジンハウス)『韓流あるある』(幻冬舎エデュケーション)ほか。共著に「香港電影城」(小学館)シリーズほか。