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香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』主要キャストの歌手としての実績とは⁈ アジア映画音楽ライターが解説

 日本のお煮しめ、おせちに相当するのだろうか、広東、香港エリアの家族団らんで楽しむお正月料理に”プーンチョイ(盆菜)”がある。豚肉、イカ、エビ、里芋、白菜、湯葉、椎茸など、さまざまな具材を下ごしらえして鍋に盛り付け、さらに煮汁を注いで温めた客家系伝統料理の一種だ。

 誰もが認める大御所サモ・ハン(洪金寶)から、ルイス・クー(古天樂)、アーロン・クォック(郭富城)、リッチー・レン(任賢齊)など、単独主演で十分作品が成り立つトップ・スター、さらに、人気脇役から中堅実力派、新進気鋭の若手までが勢揃いした『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』。現地公開時期は2024年5月で旧正月期間とはズレていたが、豪華キャスト総出演、艱難辛苦を乗り越えて胸アツ展開を楽しめ、家族全員で自分たちが暮らしてきた香港への帰属意識を再確認できる内容は、どこかしら”プーンチョイ(盆菜)”も連想させるのだった。
 
 ジョニー・トー(杜琪峰)は「師と仰ぐ」と公言しているが、ソイ・チェン(鄭保瑞)監督も過去作『リンボ』(智齒)などから黒澤明の影響がそれとなく嗅ぎ取れる。今作では『七人の侍』のラスト近くに語られる「真の勝利者」というメッセージも連想。九龍城砦に農民はいないが、エンドショットはまさしく老若男女の共同体住民たち。野武士ならぬ、凶悪な支配者にギリギリのところで抵抗し、自治を守り抜いた本当の勝利者は、死闘を繰り広げたヒーローを含む庶民であると物語はそれとなく締めくくっていた。だからこそ、ヨーヨー・シャム(岑寧兒)が歌うエンディング・テーマ曲「風的形狀」が隠し持つ、市井の人々への切ない応援歌が観客の心に刺さったのだろう。

 ちなみに、ヨーヨー・シャムは往年の香港映画ファンには知られたジョン・シャム(岑建勳)の娘さん。言論人、社会活動家としてマルチな才能を発揮してきた父を持ち、自身香港生まれでトロント〜北京〜台北〜香港と生活の場を変えてきた彼女の立ち位置も、曲を聴くときの背景とすることができる。

 すでに九龍城砦も中国返還を前に解体され、住民も沙田などに移住。また香港自体の住民構成も歴史の転換、政治的変化に合わせて、新香港人と呼ばれる内地からの流入者が急増、代わりに香港で生まれ育った人々が世界中へ新たな生活拠点を求めて旅立ち続けている。映画公開時点では、旧曲(2022年リリース)だったナンバー「風的形狀」が、改めて使用されたのも納得なのだ。

 さて、前置きが長くなったが、もはや語り尽くされた感もある『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』。おせちの重箱ならぬ、プーンチョイ鍋の隅つつきかもしれないが、出演陣を音楽活動という観点から大まかに見直してみることにしよう。

 

◾️台湾から逆輸入で歌手として大ブレイクしたアーロン・クォック。いまや俳優&歌手の巨星だが、時折り見せる予想外の姿も大話題に!

 まず歌手としてのキャリアからして筆頭に挙げるべきは、殺人王チャン・ジム(陳占)として登場するアーロン・クォック(郭富城)。

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 アーロン・クォック アルバム『狂野之城』

 早くからダンサーとしての下積みを重ねてきた彼は、1990年に台湾のスクーターCM出演で一躍ブレイクを遂げる。その普及台数からも分かるように台湾ではバイク・メーカーが若者中心に時代を象徴するアイドル・スターをこぞって起用。

 当時一世を風靡したリトル・タイガース(小虎隊)を大手メーカーの山陽工業(SYM)が登用したのに対し、ライバル会社の光陽工業(KYMCO)が新人アーロンで応戦。CMソングは別人担当だったが、その端麗な容姿から話題沸騰、同年ファースト・アルバム(北京語)を発表するに至る。

 メイン曲「對你愛不完」は流行語にもなったほどで、同時期に街にあふれたラメ入りキラキラ・シールの一つとして、スクーターのカウルや泥除けに「キミへの愛に終わりはない」標語がペタペタと熱く貼られていたのだった。

 そして、この大反響がフィードバックする形でそれまで無名に近かった当人が故郷香港でも注目される形となり、映画出演の道が拓かれる。なかでも『九一神雕侠侣』(1991)での美形の悪役”銀狐”が女性観客を中心に魅了、以後絵になるコスチューム・プレイも一つのトレードマークとなっていった。

 本来の母語である広東語のアルバムも92年の『跳不完・愛不完・唱不完』を皮切りに安定してリリース、歌って踊れるスター性を発揮し、たちまち芸能界に無くてはならない存在に。ジャッキー・チュン(張學友)、アンディ・ラウ(劉德華)、レオン・ライ(黎明)とともに”四大天王”と呼ばれ、香港エンタメの隆盛を象徴する存在へ一気に昇格した。
 やがて演技者としては徐々にアイドル的な存在から脱し、ポリス・アクションから社会派のドラマまで領域を広げていくが、時にはエンタメ色全開の『芭拉芭拉櫻之花』(2001)などに主演。主題歌「PARA PARA SAKURA」も広く華人圏でヒットした。

 渋い演技派へ移行順調と見せかけて、突如嬉々としてパラパラを踊るその姿に「長州小力を超えた?!」と個人的に感嘆した記憶もある。活動初期はどこかエキセントリックな内面を見え隠れさせていた彼。いまや私生活では良き夫、良きパパのイメージが定着しているが、2024年の異色春節映画『臨時劫案』(Rob N Roll)では出っ歯の強盗犯というクセ強主人公を怪演、ジャッキー・チュンの”祗想一生跟你走”をベトナム語で歌うなど、まだまだプロとして我々を予想外に楽しませてくれるのだ。

 余談だが、現在香港の歌って踊れる存在の第一人者となっているアンソン・ロー(盧瀚霆)は、ユニットMIRROR参加以前にアーロン・クォックのバック・ダンサーだった経験があり、血縁ばかりでない芸能界の継承、縦のつながりも強く感じさせる。

 

◾️6年間苦難の末、驚異的ヒットを生み出したリッチー・レン。のちに主演ドラマや映画のテーマ曲でも人気を呼び、2023年に再始動!

 さて、『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』では地主チャウ(狄狄)役を演じていたリッチー・レン(任賢齊)も歌手としての実績が買われ、演技の道へ本格的に進んだ一人。デビューはアーロンと同じ1990年。大学在学時にファースト・アルバムを発表したが、ブレイクには至らず。苦難の歳月もコツコツ研鑽を積み、やがて音楽人ジョニーバグ・チェン(小蟲)の全面プロデュースを得た変化に富む5枚目のアルバム『心太軟』(1996)が驚異的なヒットとなる。

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リッチー・レン アルバム『愛像太平洋』

 芸能界に関しては近年ほど海峡問題の波が高くなかった時期で、その人気は中国全土へ自然と広がり、マレーシア出身のシンガーソングライター、阿牛の作品をカヴァーしたミニ・アルバム『對面的女孩看過來』は両岸の女性の母性本能も大いにくすぐったのだった。

 女性ばかりではない。7枚目のアルバム『愛像太平洋』(1998)に収録された「任逍遙」 「愛像太平洋」の二曲はリッチー自身が主役・楊過を演じたTTV(台灣電視台)製作ドラマ『神鵰俠侶』のオープニング&エンディング曲。このドラマは大陸でも放映され、金庸原作で何度となく映像化される武侠作品として老若男女に親しまれた。

 ヒット曲と時代をリンクさせることの多いジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督が、地方都市の鬱屈した青春像を描いた『青の稲妻』(任逍遥)は、当時の雰囲気をリアルに伝えている。原題も曲タイトルそのまま。閉塞的な日常に喘ぎながら若者たちは「風に任せ、束縛なく生きる」と、自らを空しくも鼓舞するのだった。

 2011年に16枚目のアルバム『不信邪』発表後、リッチーはしばらく目立った音楽活動を行っていなかったが、2023年には新譜『在路上』で再始動。安徽省出身の若手シンガーソングライター、シュイジン(許鈞)プロデュース&作曲のタイトル・ナンバーでスケール感ある作品世界を表現、若々しくもその円熟ぶりを示した。

 

◾️ルイス・クーは契約先のレーベルの業務停止もあり歌手活動より俳優まっしぐら!

 新たな香港映画ファンにイケオジとして注目されるロンギュンフォン(龍捲風)役のルイス・クー(古天樂)は、アーロン、リッチーに比べると芸能界入りはやや後になる。モデルを経て1993年に正式デビュー。父親が俳優だったこともありTVB(無綫電視)と契約、ドラマ出演で早々に頭角を表し、リッチーに先駆けてTVB版の『神鵰俠侶』(1995)で主人公・楊過に抜擢される。

 これで視聴者にその顔を広く知られることになったが、ステータスを確立したのは現代の要人警護官が秦朝の時代にタイムスリップする2001年放映のSF時代劇『尋秦記 タイムコップ B.C.250』(尋秦記)。並行して映画出演も行っていた彼は、高視聴率、高評価を得た今作をもってTVBを離れるが、先に歌手としての契約を結んでいたキャピタル・アーティスト(華星唱片)から2000年発表のシングル『男朋友』で歌手デビュー、同レーベルが経営不振で実質業務停止する2001年までファースト・アルバム『今期流行』とシングル『樂天』をリリースした。
 日本好きな香港のトリビアとして面白いのは、ダンサブルな楽曲「今期流行」の歌詞中に出てくる意味不明な「追命林琴」という言葉。広東語で「ジュイミンラムカム」という発音は椎名林檎とも聞き取れる。名作詞家アルバート・レオン(林夕)のちょっとしたお遊び、ギミックだ。
ルイス・クーは2003年にシングル『Mr Cool』を発表したが、発行したレーベルのミュージック・ネーション(大國文化)とは契約が切れており、以後歌手活動は行っていない。

 

◾️英才教育を受けたレイモンド・ラムはバラードが得意。順調な音楽活動を続け今年5月に最新アルバムをリリース

 2025年時点でルイス・クー最後の出演ドラマは『尋秦記 タイムコップ B.C.250』となるが、このシリーズで秦の始皇帝に登り詰める王子を演じたのがレイモンド・ラム(林峯)。ルイス・クーがトップを務める製作会社傘下の事務所とマネジメント契約を結ぶレイモンドが、不遇な孤児チャン・ロッグワン(陳洛軍)としてロンギュンフォン(龍捲風)に窮地を救われる展開というのも奇遇だろうか。

 レイモンド・ラムは1979年福建省アモイ(廈門)生まれ。名家の出身で幼少期に香港へ移住したが、早くから上海で音楽の基礎を学んだり、アモイ大学で建築学を専攻、さらに南カリフォルニア大へ留学するなど英才教育を受けてきた。在学時から学内歌唱コンテストに参加するなどで注目を浴び、1999年TVB(無綫電視)と専属契約、芸能生活に入る。

 彼の場合は音楽より俳優としての活動が先行する形となったが、同局が進める内陸市場重視路線ともあいまって主演ドラマを通し、中国全土に知られる顔となっていく。
 満を持して歌手活動を本格スタートさせたのは2007年。ファースト・アルバム『愛在記憶中找你』をリリースし、タイトル・ナンバー「愛在記憶中找你」は自ら出演するドラマ『歲月風雲』挿入歌としても使用されヒット。甘いボーカルを活かした華人好みのバラードを得意とし、以後年一枚というペースでアルバムを発表していった。途中TVBとの契約終了もあり休養期間を取ったが、復活の2016年以降、コンサート・ツアーやアルバム製作と順調な音楽活動を続けている。最新アルバムは2025年5月リリースの『Go With The Flow』広東語はもちろん、北京語もネイティブなだけに中国全域向け、海外華人市場へのアピールも有利なところだ。

 

◾️散発的ながら俳優と並行して歌手活動も行うトニー・ウー

 今のところ散発的だが、城砦四人組の一人サップイーシウ(十二少)を演じたトニー・ウー(胡子彤)も歌手活動を並行して行っている。出演した妊婦の奮闘記映画『Baby復仇記』(The Secret Diary of a Mom to Be)では挿入歌「那時候」も担当、2024年には「男人難以說的話」で正式に音楽シーンへ参入。演技とはまた違った自己表現を望み、2025年には「兄弟打」を続けて発表している。スポーツマンとして知られる彼の本質だろうか、飾らず丁寧に、切々と歌う仕草も新鮮に感じられる。
 

◾️歌も引き出しのひとつのケニー・ウォンは学生時代はバンドのベース担当

 演技の一環といった面もあるが、サップイーシウ(十二少)が仕えるテンプル・ストリートのボス、虎兄貴(Tiger哥)役のケニー・ウォン(黃德斌)が参加した「年少無知」という曲も香港ではかなり知られている。バンドやろうぜ仲間の青春と中年の域に達した彼らの苦闘を描くTVBのドラマ『天與地』(2009)のエンディング曲。共演したボウイ・ラム(林保怡)、モーゼス・チャン(陳豪)との3ピース・バンド・スタイルで、作詞・作曲はBEYOND出身のポール・ウォン(黃貫中)。学生時代に実際バンドを組んでいたというケニー・ウォンだけに、劇中もベースを担当している。日本では『おっさんずラブ』香港版『大叔的愛』での可愛らしい上司KK役で知られる彼だが、俳優歴も長く、いろいろな引き出しが期待できるシブい存在だ。

 

◾️なんと御大サモ・ハンも歌手活動をしていた!

 さて、歌手活動の面から『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』出演陣を見てきたが、この人を忘れることはできない。

 締めくくりはサモ・ハン御大である。エッ? 歌手だっけ? と思うかもしれないが、日本でも大ヒットした1983年の映画『五福星』(奇諜妙計五福星)では、堂々とソロで主題歌「福星高照」を歌唱。作詞ジェームズ・ウォン(黃霑)、作曲クリス・バビダ(鮑比達)で、苦労はあっても前向きな、古き良き香港の一曲だった。劇中ではフランス民謡「フレールジャック」を原曲とする童謡「我是個茶壺」などもコミカルに歌っている。近いところでは2015年、主演・監督兼任の『おじいちゃんはデブゴン』(我的特工爺爺)公開時、プロモーションで子役とデュエット曲「爺爺的情書」も披露していた。

 シングル曲のリリースが多く、話題先行の企画盤も矢継ぎ早に発売されていた70〜80年代の日本であれば、公開ロングランの勢いから『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』関連の独自製作・編集曲が登場していたかもしれない。ブルース・リーの怪鳥音ではなく、フィリップ・ン(伍允龍)演じるウォンガウの(王九)の高笑い、怪笑音?を適宜ミックスしたサントラなどが世に出ていたかも…などと妄想すると、いささか残念ではある。

 

丸目 蔵人(まるめ・くらんど アジア映画音楽ライター)  1961年神戸市生まれ。映画、音楽等エンタメ(とくに、アジア関連)中心に執筆。出版社勤務を経てフリーに。80年代中期、大久保、横浜などで香港、台湾、韓国のビデオ、カセットを入手し始める。1989年夏に北京短期留学の予定が先方の国情でキャンセル。その予算で一ヶ月かけて台湾を一周。以後、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ブルネイなど主にアジア通いが続く。趣味は料理。2023年初夏より岡山県の海浜エリアに移住。

 

丸目さんの過去の記事

「ボクの出TOKYO記①」

https://en-pare.com/entry/2023/08/26/133000