ウェディングドレスのヒロインとカジュアルなスーツの男性が互いに逆方向を見ているポスターから、結婚をめぐる男女関係のもつれの話かと思いきや、良い意味で予想を見事に裏切られました。
フランス留学帰りで自由奔放なジェヒ(キム・ゴンウ)と、ゲイであることを隠し生きようとするフンス(ノ・サンヒョン)、大学時代に知り合ったふたりがその後20年をかけて最強の関係になるまでの紆余曲折を描いたハートウォーミングな作品でした。
ゲイであることを弱点だと考えていたフンスは、「あなたらしさは弱点にならない」というジェヒの言葉に救われます。
就職したジェヒはハイヒールを履かなくなり、職場で着られる服しか買わなくなり、フンスは「ジェヒらしくない」と苛立ちます。
ジェヒには弁護士の恋人ができるのですが、彼の前では気負ってしまい自然体ではいられない。フンスもゲイをオープンにしたい恋人の期待に応えられず葛藤しています。
そんな仕事、恋愛を含めた人生の喜怒哀楽が軽快なスピード感のある映像で描かれ、ありがちな恋愛映画にはない面白味を感じさせてくれるのです。
セクシャリティを超え、お互いのありのままを認め合い、最強の信頼を築きあげた2人の関係はうらやましくもあり、ラストの多幸感溢れるシーンには心を掴まれずにはいられません。
これまで人気米ドラマ『SEX AND THE CITY』をはじめ、ヒロインにゲイの友人がいるパターンは多々ありましたが、あくまで脇役。がっつりふたりの関係にスポットを当てた作品は稀有。
それにしてもノーベル文学賞と並ぶ、世界三大文学賞の国際ブッカー賞を受賞したパク・サンヨンのベストセラー小説を映画化した本作が韓国で多くの共感を得たことに時代の流れを感じずにいられない。
25年前、初めて韓国でゲイをカミングアウトした俳優ホン・ソクチョンは激しいバッシングにあい、母親が「一緒に死のう」と懇願したほど露骨に差別されたのです。
フンスのお母さんが息子がゲイだと知ってから教会に通いひたすら神に祈り、ジェヒを恋人だと思い込み、「治ると思った」というセリフは当時の韓国社会における認識を描写しています。
その母親が息子を理解するため見に行く映画がひと夏のボーイズラブを描いたイタリア発『君の名前で僕を呼んで』(2017)なのがニンマリてした。
フンスを好演したノ・サンヒョンは、ドラマ『Pachinko パチンコ』(22〜24)の牧師イサクでブレイク。たぶん他の俳優はオファーされてもリスクを考えて断る可能性が高いこの役にチャレンジし、新境地を開きました。
ジェヒを演じたキム・ゴウンは社会現象を巻き起こしたドラマ『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』(16)のヒロインから、映画『破墓/パミョ』(24)のシャーマンまでまさに変幻自在の演技派。本作でもコロコロ変わる表情でジェヒの心情を巧みに表現しておりさすが!でした。
ちなみに、鑑賞後、韓国のインスタントラーメンを鍋から直接食べたい!、真っ赤なスニーカーをはきたい!衝動に抵抗できない作品です。
◇ストーリー
自由奔放なジェヒと、ゲイを隠して生きるフンスは、ひょんなことから一緒に暮らし始める。ふたりはお互いを支え合い、唯一無二の関係を築いていく。しかし、ジェヒが人生の岐路に立たされ、フンスも恋人との関係に悩み始めたことで、ふたりの友情が試される。
◇作品情報
『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』
2025年6月13日より全国公開
2024 年/韓国映画/韓国語/原題︓대도시의 사랑법(英題︓Love in the Big City)/1時間58分/カラー/1.85:1/5.1ch/字幕翻訳︓本⽥恵⼦
原作︓⼩説『⼤都会の愛し⽅』 より「ジェヒ」(パク・サンヨン著、オ・ヨンア訳/亜紀書房)
監督︓イ・オニ
出演︓キム・ゴウン、ノ・サンヒョン
提供︓KDDI 配給︓⽇活/KDDI
ⓒ 2024 PLUS M ENTERTAINMENT AND SHOWBOX CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
[公式 HP]loveinthebigcity.jp [公式 X /Instagram/TikTok] @lovein_jp #映画
村上淳子(むらかみあつこ)
映画ジャーナリスト/海外ドラマ評論家
雑誌『anan』のライターとして活動後、海外ドラマ、映画を得意分野に雑誌やWEBサイトに寄稿。著書に『海外ドラマ裏ネタ缶』(小学館)『韓流マニア缶』(マガジンハウス)『韓流あるある』(幻冬舎エデュケーション)ほか。共著に「香港電影城」(小学館)シリーズほか。日本ペンクラブ国際委員会委員。