「推し活」という言葉が広まり、お気に入りの俳優や歌手などを応援することが肯定的に捉えられるようになりました。
「推し」が生きがい、「推し」がいるから仕事や勉強も頑張れる人も多いはず。その反面、結婚や交際報道にショックを受けたり、あろうことが自殺によって永遠に「推し」を失う喪失感を味わう人もなきにしもあらずです。
また、自分の「推し」が犯罪を犯し、強制的にオタク生活が終了することになることもありますが、それが性的な犯罪だとファンの裏切られた感、悲しみ、衝撃度は計り知れません。
本作はオ・セヨン監督がそんな苦悩のなかで現実と向き合い、同じ経験をしたファンにインタビューしたドキュメンタリーです。
彼女の「推し」は人気歌手のチョン・ジュニョンでした。彼女はジュニョンのイベントで印象に残るように韓服で参加。その作戦が成功してジュニョンに覚えてもらい、ファンのなかでは一目置かれる存在に。
「推し」に認められる存在となったセヨンは、まだ公式グッズがない時期に自作し、ジュニョンのギターに憧れてギターも購入。彼の「成績1番になれ」
「ソウルの大学に入れ」の励ましで、なんと1位もソウルの大学への進学も実現してのける、まさに「成功したオタク」でした。
ところが、自分をより良い方向に導いてくれたジュニョンが、2019年、女性を泥酔させ集団性暴行、さらに 無断で盗撮した女性のわいせつ動画を数回に渡りグループチャット内に共有したことで集団性暴行罪の疑いで逮捕。このグループチャットではBIGBANGのV•I 、FTISLANDのチェ・ジョンフンもメンバーでした。その後チョン・ジュニョンは懲役5年の刑で服役しこの3月には出所の予定で、活動再開も囁かれているのですが…。
自分の情熱と捧げてきた時間が、「推し」の逮捕によって強制終了となり、黒歴史になってしまった。セヨンは同じジュニョンのファンから、V•l のファンにまで心境を語らせます。「信頼していたからこそ許せない」と「推し」のグッズを処分する儀式をしたり、引退すべき」「CDを買うなら同じ値段のチキンを買う」と怒りの発言をする人、なかには「最後まで寄り添うべき」と考える人も。
「推し」が犯罪者になったとしても、同じ女性への性犯罪の加害者であったことが一層ファンをやり切れない気持ちにさせ、怒りをヒートアップさせました。女性ファンが大量にCDを買ったから「推し」は人気も大金も得た。にも関わらず女性を蔑める行為に走ったのが許せない。その気持ちは痛いほどわかります。
セヨンがコンサート会場てはなく裁判所で別人のようになった「推し」を見て愕然したというシーンは本当に切ない。
しかし、本作は「推し活」の否定では終わりません。怒り葛藤しつつも新たな「推し」を見つけ活動再開する人の姿も取り上げられています。やはり「推し」への失望感を拭い去ってくれるのは新たな「推し」の存在なのかもしれないと再確認するオタク再生のストーリーでもあるのです。
映画『成功したオタク』
2021年/韓国/85分/カラー/原題:성덕/英題:FANATIC
監督:オ・セヨン
配給・宣伝:ALFAZBET
公開日:2024年3月30日(土) シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
村上淳子(むらかみあつこ)
映画ジャーナリスト/海外ドラマ評論家
雑誌『anan』のライターとして活動後、海外ドラマ、映画を得意分野に雑誌やWEBサイトに寄稿。著書に『海外ドラマ裏ネタ缶』(小学館)『韓流マニア缶』(マガジンハウス)『韓流あるある』(幻冬舎エデュケーション)ほか。共著に「香港電影城」(小学館)シリーズほか。