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来日イベントレポ『SKYキャッスル』の知性派キャラから一転、キム・ソヒョンが生活苦の介護士を痛く切なく演じる映画『ビニールハウス』

 これまで衝撃と驚きを感じた映画は数あれど、韓国映画『ビニールハウス』はそれが日常のなかで雪崩れのように起こる衝撃的な作品です。殺人鬼も極悪人も出てこない。主人公のムンジョンは仕事では信頼される優しい善人だったのに、ある事件を自らの判断で取り繕ろうとしたことで転落の一途を辿ってしまうのです。

 訪問看護士ムンジョンは、少年院にいる息子と暮らすことを悲願にビニールハウスに住み資金を稼ぐ日々。しかし、介護先の認知症の老婦人の死をきっかけに負のスパイラルが始まる。ムンジョンはその夫が盲目であることを利用し、認知症の自分の母親を身代わりに据えるのですが…。

 ムンジョンの想像を絶する運命と悲劇が絡み合う衝撃のラストとまで息もつかせぬスリリングな展開で第27回釜山国際映画祭で3冠を獲得しました。

 まず、監督、脚本、編集を手掛けたイ・ソルヒが29歳の女性で、本作が長編デビューであることに驚きました。あえて自分と同世代の世界を描かず、貧困や孤独、高齢者をめぐる介護や認知症といった社会問題に鋭く切り込みながら、息もつけないサスペンス作に仕立てあげた手腕に脱帽です。良い脚本であれば新人でも映画を制作できる韓国の懐の深さも素晴らしい。

 3月15日シネマート新宿にて日本最速上映会後にトークイベントが開催され、主演のキム・ソヒョンと監督・脚本・編集を手掛けたイ・ソルヒ監督が登壇。揃えたように黒のファッションで現れたふたり。ダークな作品世界とは違って、監督はソフトでチャーミングな印象でした。

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 実は監督には認知症の祖母を介護する母親がおり着想のきっかけになったそうですが、「年配の俳優が出てくる面白い犯罪スリラーを撮りたいという気持ちがあったんです」

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 またビニールハウスがたくさんある園芸団地で生まれ育ったこともあり題材に選んだといいます。「タイトルも『ビニールハウス』にしたのは、主役ムンジョンを代弁しているようなものだと思ったんです。黒いビニールで覆われているビニールハウスは中が見えそうで見えない。透明なようでよくわからないという感情をムンジョンを通しても感じてもらいたいと思いました」

 新人監督のオリジナル脚本に魅了されてムンジョン役を演じたのはキム・ソヒョン。大ヒットドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』や(2018-19年)、『Mine』(21年)などで知的で凛とした女性がハマり役の彼女が、ほぽスッピンでビニールハウス暮らしを余儀なくされる生活苦の介護士を演じたのに驚き。これまでのイメージを打ち破る役柄に挑戦し、自傷行為のもたらす重々しい緊張感から極限の状況での壮絶な感情を表現して圧感の演技を見せてくれました。

 脚本を読んで、他人の話とは思えなかったというソヒョンは「過去に自分が感じたことがこの物語に込められているように感じましたし、また未来の自分のことかもしれないと思えて胸が痛くなり、思いを寄せて涙しました」

 

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 19歳になる愛犬との生活はムンジョンと共通点があるそうで、「私も介護人として 認知症の愛犬をケアする人生を過ごしています。幸せに余生を全うできるように見送りたいと思っています」

 ソヒョンはムンジョンを深く理解できる気がして、特に役作りにこだわる必要がなかったと言う。「ムンジョンをそのまま自分の中に受け止めようとしました。彼女は不幸に見えるかもしれませんが、ムンジョンの人生を受け入れながら、“幸せでいたい”という自分の気持ちを重ねて演じていました」

 
 イベントに登壇したソヒョンは『SKYキャッスル』『Mine』のハンサムウーマンのイメージを裏切らないカッコ良さ。黒のトップスにスカート。ダークなワインカラーのネイルに黒のハイヒールのスタイリッシュなファッションで決めていました。

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 健康と美容の秘訣は「目を覚ましたら白湯で口の中を濯ぎ、白湯を飲んでりんごを食べます。週4回ピラティスを15年間続けています」
 最近は手先を動かす脳トレも兼ねて、もともと好きだったギターを習っているそう。

 本作で韓国のアカデミー賞と称される第59回大鐘賞映画祭を始め、主演女優賞他6冠に輝いたソヒョンですが「脚本を読んだ時点で賞をいただくような作品になると感じました。受賞自体はあくまで監督の力によるもの。素晴らしい脚本のおかげで賞をいただいたと思っています」と至って謙虚。 

 「今後演じてみたい役?心の中には目指すものはありますが、思い通りにいくものではないと思う。これまでも与えられたもの、やると決めたことに全力で取り組んできましたが、岩井俊二監督の『Love Letter』が大好きなので初恋を描く作品は撮ってみたいです」

 クールビューティーなソヒョンですが、最後の写真撮影では指ハートサインをしたり、尾崎豊の「アイ・ラブ・ユー」を口ずさむなどチャーミングなところを見せてくれました。

 監督は朝から取材についてくれた通訳の延智美さんを観客に紹介し改めて感謝を伝え、「今日はキム・ソヒョンさんのファンミーティングに来てくださりありがとうございました」とジョークで場内を沸かせるなど、歳上の俳優陣の演出をやってのけたのも納得のコミュニケーション能力を発揮しましまた。

 監督曰く「自分は面白い人間なのでそれを活かして今度はコメディを撮ろうとシナリオを少し書いてプロデューサーに見せたところ面白くないと言われました。なので次回作もサスペンスになる予定です」と苦笑。

 もちろん 新作にも期待ですが容赦ない衝撃のラストに呆然となる『ビニールハウス』、願わくば続編でムンジョンのその後を見せてほしいものです。

 

監督・脚本・編集:イ・ソルヒ
出演:キム・ソヒョン、ヤン・ジェソン、シン・ヨンスク、ウォン・ミウォン、アン・ソヨ
2022年韓国/韓国語/100分
配給:ミモザフィルムズ
© 2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト

https://mimosafilms.com/vinylhouse/

2024年3月15日(金) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開


村上淳子(むらかみあつこ)
映画ジャーナリスト/海外ドラマ評論家
雑誌『anan』のライターとして活動後、海外ドラマ、映画を得意分野に雑誌やWEBサイトに寄稿。著書に『海外ドラマ裏ネタ缶』(小学館)『韓流マニア缶』(マガジンハウス)『韓流あるある』(幻冬舎エデュケーション)ほか。共著に「香港電影城」(小学館)シリーズほか。