第35回東京国際映画祭で個人的にいちばん心に響いた作品が『消えゆく燈火』でした。
本作は新人女性監督のアナスタシア・ツァンが、香港政府が新人に資金を出すコンテストに応募し援助を得て制作。シルビア・チャンとサイモン・ヤムの名優コンビを主演に、新人とは思えない軽妙かつじんわり深みのある作品を作り出しています。
『消えゆく燈火』ストーリー
香港の道にせり出たネオン看板は設置が違法となり街から消えつつある。そんな看板の職人である夫(サイモン・ヤム)が亡くなり、失意の妻(シルビア・チャン)はやがて夫がやり残したネオン製作の夢を継承しようと決意。夫の弟子だという青年の手を借りながら成し遂げようとする。しかし、結婚して外国に移住しようとしている娘は反対するが…。
©︎2022TIFF
誰もが「香港」といえば真っ先に思い浮かべる煌びやかなネオン看板。あれを見ると自然に気持が高ぶって、「香港に来た!」とウキウキしたものでした。
それが、コロナ禍もありしばらく香港から遠ざかっているうちに「安全性と耐久性に問題あり」で違法とされ次々に取り外されていること、さらにそのネオンが小さな工房で職人の手作業で作られていたことも本作で初めて知りました。
台湾を代表する大女優であり監督としても活躍するシルビアが、他界した夫の意思を継ごうとする妻を出ずっぱりで好演。哀しみを乗り越え再生する姿に引き込まれます。
サイモン・ヤムのウィンクにやられた日
腕利きのネオン職人の夫を演じたサイモン・ヤム(愛称ヤムヤム)は、ジョニー・トー作品の常連で数々のアクション映画でギラギラしたカッコいい役どころに扮してきました。それが本作では出番は少ないながら妻想いの穏やかな夫を柔らかな笑顔で演じてシブいいい味を出しています。
かつて香港で映画『超速伝説 ミッドナイト・チェイサー』(99)のロケ取材のとき、目の前を通ったヤムヤムから思いっきりアイコンタクトされ「バチッ」と音が出そうなウィンクを受けて完全にやられたことがありました。その圧の強いフェロモンの凄さは、一緒に行ったスタッフとしばらく語り草になったほど!
『トゥームレーダー2」(03)でハリウッドに進出。香港電影金像賞などで最優秀主演男優賞受賞を獲得して押しも押されぬ実力派俳優となったヤムヤムですが、先近ではモデルとして活躍する娘エラも話題に。元モデルのヤムヤムと妻の美形遺伝子を引き継いだ超級美人エラが芸能界入りするのでは噂されているのです。
ゆっくり流れるエンドロールで次々に映し出されるネオン職人たちとその作品である看板。ほとんどの職人が廃業というナレーションに涙が込み上げてきました。香港人の友人たちの「香港はもう死んでいる」という言葉を痛感。
かつて巨大ネオン看板が栄華を誇った古き良き香港と、中国の影響下で看板が撤去され閑散とした現在。 街並みの変遷に、変わりゆく香港の実情を浮かび上がらせ、それを映画として記録した監督の手腕が素晴らしい。
残念ながらまだ日本での一般公開が決まっていませんが、ぜひぜひ公開してほしい作品です。
村上淳子(映画ジャーナリスト・海外ドラマ評論家)
作品データ
『消えゆく燈火』(2022年香港)
監督: アナスタシア・ツァン
出演: シルビア・チャン
サイモン・ヤム
©︎2022 TIFF