
夏の風物詩と言えば「怖い話」だ。昭和を思い起こすと、普通のホームドラマや人情ドラマ、時代劇、刑事ものでも夏になると「怖い話」が登場したものだ。「時間ですよ」とか「寺内貫太郎一家」とか「パパと呼ばないで」とか「キイハンター」とか「特捜最前線」とか。例が少し古すぎだが(笑)。
まんが連載も、記憶では「めぞん一刻」とか「タッチ」とか「こち亀」とか、夏の発売号では肝試しの話や幽霊騒動があったと思う(なんかすごく懐かしい)。
なんでもこの、怖い話を読んだり聞いたりして「ぞっとして」「涼しく」なる日本人の伝統は、1677年、徳川家綱の時代に遡ることができるそうで、「諸国物語」という怪談本が刊行されて「百物語」の怪談がブームになったのが始まりとのこと。「夏には怖い話で涼を取る」習慣は江戸時代より日本人のDNAに沁み込まれているということだ。
という枕から、今回の韓国ホラー映画『怪速急行■■行き』を紹介する。7月31日封切りというから日本は酷暑の真っ盛りだ。暑くてやってらんないよ~という時期である。ここはエアコンが効きまくった映画館に駆け込んで本作を見て、ぞっ~としてほしいものだ。

あらすじを紹介しよう。
再生数に伸び悩むホラー系動画クリエイターのダギョンは起死回生を賭けて、国内で最も行方不明者が発生すると噂される地下鉄「光臨駅」の都市伝説を動画配信サイトに公開。するとその動画はたちまち万バズし、一夜にしてランキング上位へと躍り出る。さらに再生数への飽くなき欲望が止まらない彼女は、“人が消える”駅の真相を求めて、戻れない闇へと足を踏み入れていく――。

韓国ホラーは筆者の大好物で、比較的最近でも『層間騒音』『コンジアム』『破墓/パミョ』『オクス駅お化け』『ワーニング その映画を観るな』などがお気に入りだ。ちなみに古めの韓国ホラーでは、2000年代に遡るが『箪笥/たんす』と『4人の食卓』が、どちらもソウルで劇場公開時に見たせいもあって印象が深い。じつに薄気味悪くて怖かった。
特徴として、恐怖への導入となる語り口がうまい。怖い話へ引き込む映像や音響がショッキングで、俳優たちの演技も迫真だ。『4人の食卓』のパク・シニャンや『箪笥』のイム・スジョンが恐ろしいものを見たときの表情を20年以上たった今でも思い出せる。恐ろしがる俳優の顔だけでこちらもぞっとするというのもなかなかすごいことだ。
本作『怪速急行■■行き』も、ホラー系動画クリエイターのダギョンに扮するチュ・ヒョニョンと彼女の取材を受ける光臨駅・駅長役のチョン・べス(韓国ドラマのお父さん役多し)の2人の演技がいい。ひたすら再生数を上げるために必死に邁進する現代っ子と、幾多の辛酸をなめたような中年駅長とのやり取りの呼吸もいい。物語はこの2人の会話を軸に展開する。


駅長に取材に応じてもらうために、お酒を手土産に持って行くダギョン。韓国のおじさんはほぼ100%酒好きということなのだろう。高級そうな絹酒に強い興味を示す駅長。これまで取材拒否していた駅長の表情の変化が面白い。絹酒とは主に全羅道(ここはいいコメが取れる)や黄海道で作られる名酒だと、駅長は舌なめずりする。作戦は功を奏して行方不明者たちのエピソードについて話し出す。
「光臨駅」は朝夕、通勤ラッシュで混雑するごく普通の都会の駅だ。僕らが通勤客となって乗り降りする東京や大阪の地下鉄駅と変わらない。駅という日常生活に密着した空間に巣食う恐怖というところが、文化の似ている韓国ということもあり、西洋のホラーと違って我々によりリアリティを感じさせる。
『破墓/パミョ』『サバハ』のチャン・ジェヒョン監督は、「想像以上に怖い……。コース料理のような色々な要素が詰まったホラー映画」と評したとのことだが、動画クリエイターのダギョンが駅長に話を聞いた「光臨駅」の行方不明者たちをめぐる都市伝説をオードブルのように並べた前半が映像的にもバラエティもあって面白い。
自殺した女性の霊に憑かれてしまう受験生、整形手術に失敗したとおぼしき女性から付け狙われる女子高生、「光臨駅」に住み着くホームレスが手にした赤いコインと謎の自販機…。まさにコース料理のように連打される奇妙で怖い話の数々。


一方、ヒロインの動画クリエイター、ダヒョンが所属する事務所の人間模様も描かれる。動画クリエイターといってもフリーランスではない。担当上司のプロデューサーが超イケメンで、こちらはアイドルグループ、Golden Child<ゴルチャ>出身のチェ・ボミンが扮しているので、Kポップファンも楽しめるだろう。180センチの長身。このイケメン・プロデューサーをめぐって恋のライバルとなる美容系インフルエンサーの女性を襲う恐怖の出来事も生理的にぞくぞくっとさせる。

新鋭監督であるタク・セウン氏は、Jホラー好きとのことで、影響を受けたJホラーを5本挙げていて、こちらの趣味がいい。以下に列挙しておこう。
『リング』(1998年/中田秀夫監督)、『オーディション』(2000年/三池崇史監督)、『仄暗い水の底から』(2001年/中田秀夫監督)、『サユリ』(2024年/白石晃士監督)、『近畿地方のある場所について』(2025年/白石晃士監督)。
タク・セウン監督は、これらの作品についてこう語っている。
「最近の日本のホラーは、古典的な文法を受け継ぎながらも現代的な感覚を巧みに取り入れ、新しい試みを続けていると感じます。特に、すべてを説明するのではなく、感情や空気感によって言葉では表現しにくい不安や理由のわからない恐怖を描き出す手法が印象的でした」
この「感情や空気感によって言葉では表現しにくい不安や理由のわからない恐怖を描き出す」という表現はまさに本作『怪速急行■■行き』に当てはまるだろう。
韓国のZ世代を中心に話題となった本作、この後、100万再生を記録して欲が出たダギョンが、動画のコメント欄に「全部事実」「あの駅に行ったらダメ」と書き込んだ怪し気な女性と面会した瞬間から新たな恐怖のステージを迎えることになる…。
納涼に持ってこいの本作を見て「背筋凍結」してみてはいかがだろう。
『怪速急行■■行き』
出演:チュ・ヒョニョン チョン・ベス チェ・ボミン 監督:タク・セウン
2025年/韓国/95分/スコープ(シネスコ)/5.1ch/日本語字幕:福留友子/原題:괴기열차/G
配給:ショウゲート© 2025 MAP&NETRIN. All Rights Reserved.
2026年7月31日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
♯怪速急行■■行き
柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを日本公開時に劇場で見て以来。
火が点いたのは『男たちの挽歌』『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。
韓国映画愛好歴は90年代後半あたりから。初めて韓国の映画館で見た作品はソン・ガンホ主演の『反則王』。好きな韓国映画は『オーバー・ザ・レインボー』『殺人の追憶』『八月のクリスマス』『永遠の片思い』『グエムル 漢江の怪物』『犯罪都市』など。好きな女優はチャン・ジニョン、イ・ウンジュ、シム・ウナ。




