本作は香港版『おくりびと』(や『お葬式』)といわれているが、葬儀に関する細部を描いた要素はありつつ、「死」を生業(なりわい)とするベテランの老道士マン(マイケル・ホイ 許冠文)と事業に失敗し再起を賭けて葬儀屋に転身したトウサン(ダヨ・ウォン 黄子華)の出会いと衝突、和解と信頼に至る人間ドラマを濃密に描いているところがミソだ。
本作はまた香港映画で伝統的に描かれてきた、偏屈な老達人と弟子となる才能ある若者の成長の物語ともいえる。ダヨ・ウォンは若者とはいえないが、この業界のルーキーであり、見た目も異常に若い。

80歳を超えるマイケル・ホイとダヨ・ウォンは、1992年『マジック・タッチ(神算)』以来32年ぶりの共演というが、『Mr.BOO!ミスター・ぶー』シリーズのマイケル・ホイは当時は大スターであり、ダヨ・ウォンは駆け出しだったはず。今回、今が旬のダヨ・ウォンと円熟したマイケル・ホイのがっぷり四つに組んだ演技合戦が最大の見ものといえる。本作は二人のキャスティングがなかったらこれだけの完成度には到達しなかったと思う。
本作が2024年の香港映画興行収入ランキングで『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』と争って1位を獲得したというから興味深い。片や香港エンターテインメント映画の本道であるアクション巨編、一方『旅立ちのラストダンス』は地味で静かな内容である。コロナによる4年間の喪失感を抱えた香港の観客たちが、身近なテーマである「死」とそれを見送る「生きる者」を描いた本作に惹きつけられたのであろうか。
※監督のアンセルム・チャン(陳茂賢)はコロナ禍で知人たちを喪い、何度も葬儀に参列してこの映画のアイデアを思い付いたと語っている。
ちなみにダヨ・ウォンは前年には主演作『毒舌弁護人~正義への闘い~』でやはり香港映画興行収入ランキングの1位を獲得している。まさに香港映画界を代表するスターといえる。本作の興行的な成功はダヨ・ウォンの人気に負うところも大きい。
本作は2024年秋の<東京国際映画祭>で上映され筆者はその時が初見だった。上映後のQ&Aにアンセルム・チャン監督、マイケル・ホイ、ダヨ・ウォン、ミシェル・ワイ(衛詩雅)が登壇、最後にチュー・パクホン(朱栢康)も登場した。彼らの話は興味深く、今回、本作を再見するうえで大きな助けとなった。
監督以下俳優陣は同時に<「香港映画祭 Making Waves – Navigators of Hong Kong Cinema 香港映画の新しい力>でも登壇し、舞台挨拶の模様は村上淳子さんが本誌で写真付きでレポートしているので必読。ミシェル・ワイの美しいUP写真もある。
https://en-pare.com/entry/2024/11/03/025907
本作は全体的にセリフやナレーションが分かりやすく、印象的で心に残る言葉も多い。セリフがきちんと練られていて、複数のキャラクターたちのそれぞれ抱える問題を描きながら、構成も散漫な感じや冗長さがまったくない優れたシナリオだ。
「破地獄」については冒頭のナレーションとマイケル・ホイの道士の舞いを見せて、香港の葬儀=「破・地獄」の儀式の意味合いが感得できるようになっている。


ダヨ・ウォン扮する主人公トウサンは、経営する冠婚プランナー会社がコロナ禍で立ちいかなくなり、借金を抱えて失業。同居する恋人メイユッ(周家怡)の叔父ミン(香港映画ファンにはお馴染みのチョン・プイ<秦沛>)を頼るシーンから始まる。ミン叔父はベテランの葬儀屋だ。
ここでちょっとだけ脱線。ミン叔父を演じるチョン・プイは『東方三侠』や『北京オペラブルース』や『ロボフォース 鉄甲無敵マリア』や『ファントムブライド』などなど香港映画黄金期で大活躍した脇役だが、弟が俳優のデビット・チャン(姜大衞)、一番下の弟が俳優で後に名監督となったイー・トンシン(爾冬陞)と弟二人とも二枚目だがご本人は悪役もやる個性派俳優。本作でも特徴的な太い眉と大きな目でにらみは効かせるが、いい人の役です。本作で香港アカデミー助演男優賞候補となる。
本題に戻る。次はトウサンがミン叔父の見習いとなり埋葬の手伝いをするシーンへとスピーディーに展開する。いきなりだが、頭骸骨にこびり付いた頭皮や髪の毛をそぎ落とし、きれいに消毒するショッキングな場面に度肝を抜かれる。これは劇中のトウサンも同じだ。彼はビビッて吐きそうになる。火葬がほぼ100%の日本人には馴染みのない光景だ。
東京国際映画祭に登壇したダヨ・ウォンによると、この場面は遺体をいったん埋葬してから年月をおいて掘り起し、お骨を消毒して再度埋葬するというシーンで、自分もこういうことがあるなどまったく知らなかったと語っていた。葬儀屋が腐敗した骨を消毒するのだが、その臭いはすごいらしく、劇中、トウサンは異常に何度も手を洗って臭いを嗅ぎ、その後の骨付き肉の食事のシーンで吐いてしまう描写があるが、初心者にとっては決して大げさな描写ではないようだ。
※実際香港では土地が少ない関係で土葬はほんの一部で日本同様に火葬がメイン。土葬は非常に高価だそうだ。
引退するミン叔父から葬儀屋を引き継いだトウサンは張り切って、冠婚プランナー会社時代の部下も引き連れ、さっそく故人のメモリアル商品の開発などに取り組むが、共同経営者の老道士マンと折り合いが悪い、というよりカネ儲けに余念がない(ように見える)トウサンを一方的にマン道士が嫌う形だ。
ミン叔父からはマン道士は皆から「ハロー・マン(文)」と呼ばれていると聞いたトウサンが、「ハロー」と呼ばれるのはフレンドリーで気さくな人物なのだと誤解したところからボタンを掛け違っていたのだ。この「ハロー・マン」の意味についての謎は終盤近くで解ける。
「香港の葬儀は文と武が組んで行う。文は俺たち葬儀屋、武は道士が担う」と語るミン叔父の説明によれば、葬儀屋はパートナーである道士と一心同体の関係なのである。トウサンはあわてて、手土産を持ってマン道士のご機嫌伺いに自宅を訪ねることになるが、ここから、頑固な父親であるマン道士一家の人間模様が描写される。
葬儀の最中にスマホでこっそりサッカー観戦している道士の跡取り息子パン(チュー・バクホン)は、マン道士に「バカ息子」とそしられる。旧世代のマン道士から見ると道士としての真剣さや威厳が見えない息子にイライラしているようだ。その嫁は義父に内緒で息子をキリスト教系の名門校に入れることを画策している。娘のマンユッ(ミシェル・ワイ)は救命士としての過酷な仕事に日々従事していて、特に人命を救えなかった日は疲れ切って投げやりに見える。ストレスを抱えて妻子ある男と不倫もしている。彼女は道士になりたかったが、女性は道士になれないという不文律があり、諦めて今の仕事に就いた。父に愛されていないと思い込んでいる。
マン道士の家族はそれぞれが現状に不満を抱えていて、皆がバラバラの方向を向いているようだ。
葬儀ビジネスの話に戻ろう。トウサンは客の要望に応じて葬儀プランを立て、受注できたときは大喜びだったが、演出過剰でやりすぎてしまい大失敗を犯す。人生の最後の別れの儀式を台無しにされた遺族たちは当然、泣いて怒る。マン師匠はトウサンにお前には「心がない」と非難の言葉を投げかける。「謝る相手は俺ではなくご遺族だろ」「葬儀に心を込めていない。ただの素人だ」。当初は同居する恋人に「結局はどちらも見世物だ。結婚式も葬式だってショーだ」とうそぶいていたトウサンはショックで落ち込むことになる。

老道士マンとその家族とのふれあいを通して人間としても成長する。彼は同居する恋人と「家族」としての新しい人生を見つめ直すことになる。
トウサンを演じるダヨ・ウォンの魅力の一つは、ダメ男を演じるときだ。あるいは失敗を犯した人物を演じたとき、輝く。スクリーンで調子に乗ったダヨ・ウォンを見ていると、お前これから絶対失態をおかすだろうなと思って、ハラハラというよりウズウズしてしまう自分がいる。
代表作である『毒舌弁護人』でも、ダヨ・ウォンは弁護士として担当した難事件で事態を甘く見て、無実の依頼人を、子供を死なせた罪で監獄に送り込むことになってしまう。失敗しました、油断しましたで済む問題ではない。
しかしそこから、裸一貫で町弁護士として出直し、起死回生のチャンス(冤罪を晴らす)を掴もうとするダヨ・ウォンの姿には、観客がスクリーンに向かって声援を送りたくなる必死さ、ひたむきさがあり、それがまた彼の大きな魅力なのだ。
ダメ男というと語弊があるだろう。本作でダヨ・ウォンが演じるトウサンも、コロナ禍で仕事がないときも従業員の給与を借金して払い続けた思いやりのある男だ。決してダメではないのだが、調子に乗りやすく失敗を犯して初めて心を入れ替えるような体質がある。ダヨ・ウォンの演技にはダメなときだけでなく、頑張るときにもリアリティがある。
本作でも大失敗を経験してどん底に落ちてからの立ち直りがすごい。外注していた死化粧も猛勉強して身に付け、遺体のスタイリストも自分でできるようになる。子供の死を受け入れられない母親の奇想天外な要望など、「死者」だけではなく、「生きる者」へ寄り添いながら葬儀を学んでいくトウサン=ダヨ・ウォンのエピソードの数々が見る者の心を打つ。見ていて私も応援したくなる。知らないうちにダヨ・ウォンの演技の術中にハマっているのだ。
日本でも森繁久彌や植木等など喜劇からシリアスな役柄へと移行し成功した名優たちは多い。マイケル・ホイもそうだ。しかし、ダヨ・ウォンには彼らにはない魅力がある。基本、スマートで二枚目だ。実年齢が60歳を過ぎているとは到底信じがたい容姿で、彼には女性を引きつける魅力がある。また、彼は香港の平凡なサラリーマンや銀行員や教師にも見える。庶民ということだ。アンディ・ラウやアーロン・コクなど従来の香港映画のスーパースターたちとは異質だ。
アンセルム・チャン監督は「ダヨ・ウォンは香港人の弱さと強さの両方を抱えた人物を演じることができる」といった。的確な表現である。

本作はアクション映画ではないので大規模なクライマックスシーンがあるわけではない。しかし私がもっとも感動したシーンは、トウサンを認めようとしなかったマン道士がトウサンと初めて心を通わす中盤の食堂でのシーンだ。
「爽やかな風が告げる 秋の月は果てしない 愛しい人を想うと1日は1年のごとし」
南音と呼ばれる伝統的な語り曲の「客途愁恨」を掛け合いで歌うシーンだ。離れ離れになり二度と会えないであろう人を想い」嘆く歌だ。レスリー・チャンがコンサートで歌うライブ映像を何度か見たが、別れた人に会いたという思いが切々として伝わる。「死」によって二度と会うことができなくなった家族や恋人を思う強い感情はこの映画の主題でもある。
本作にはマン道士の家族を描くもう一本の柱がある。それぞれが違う方向を見ていた家族のその後の人生が描かれる。本作で香港アカデミー賞主演女優賞を受賞した娘のマンユッ役ミシェル・ワイ(アンセルム・チャン監督とは3度目の作品だという)と息子役で助演男優賞を受賞したチュー・パクホンの好演と魅力も本作の見どころだろう。付け加えると、チュー・パクホンはこの年、『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』にも出演(意外な役です)、香港映画興行ランキングの1位と2位の両作に出演したまさに当たり年であったといえる。

あまり書きすぎるといけないので、最後に一つだけ。香港・台湾映画ファンにはベテラン女優エレイン・ジン(金燕玲)が救急救命士マンユッの行きつけの小さなスープ屋の主人役で出演しているのも嬉しいだろう。小さな役だがとても大きな意味を持つ役柄である。本作のテーマにも密接にかかわる場面なのである。
葬儀のシーンを始めとして、見どころが多い映画だが、「死」をテーマにしつつ暗くならず、見終わるときには「いろいろあるけど、明日から自分も頑張ってみようかな」と観客が勇気がもらえる映画である。だからこそ、コロナ禍やそれまでいろいろ苦労続きだった香港人たちがこぞってこの映画を見に行ったのだろう。必見だ。

◇作品情報
『旅立ちのラストダンス』(原題『破・地獄』)
2026年5月8日(金)より全国ロードショー
2024年香港 上映時間140分
監督:アンセルム・チャン
出演:ダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ミシェル・ワイ、チュー・パクホン、キャサリン・チャウ
公式サイト
https://lastdance-movie.com/
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筆者 柚木 浩
書籍『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好心に火が点いたのは『男たちの挽歌』シリーズ『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』『いつの日かこの愛を』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半の作品に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン、チョン・ドヨン、イ・ウンジュ、ヴェラ・ファーミガなど。好きな男優はチョウ・ユンファ、金城武、アラン・ドロンなど。ハリウッド映画、ヨーロッパ映画、韓国映画、邦画など広く見ているがSFファンタジー、ホラー・怪獣映画などジャンル映画も好き。




