
とびっきり面白い映画が中国からやってきた。その名も『長安のライチ』!
とはいえこのタイトルだけではなんの話かまったく分からないだろう。長安? ライチ?
本作は唐の時代の話だ。中国文化にさして詳しくない筆者からすると、唐といって思い浮かぶのは、玄宗皇帝、楊貴妃、詩人の杜甫、長恨歌、安史の乱、日本との関連で遣唐使くらいだろうか。ところがなんとこのワードのほとんどがこの映画に登場するのだ。
原作は、マー・ボーヨン(馬伯庸)の小説である。マーの小説『長安二十四時』もドラマ化され大ヒットしたという。中国版『24 -TWENTY FOUR-』といわれ、テロ集団が企む陰謀を阻止すべく活躍する元死刑囚の捜査官の24時間を描いた「タイムリミット・サスペンス」だという。
本作『長安のライチ』もまた、玄宗皇帝が寵愛する楊貴妃の誕生日に、絶品と噂の嶺南地方の新鮮なライチを食べさせたいとの一言で、運命が変転した主人公の「ミッション・インポッシブル」を描いた「タイムリミット・サスペンス」が物語の骨格になっている。
映画的な興奮や主人公への感情移入も、この物語の骨格=タイムリミットがブレずにしっかり描かれているところが本作の素晴らしさだ。劇中、再三にわたり「楊貴妃の誕生日まであと〇〇日」と出るので見ていて我々の緊迫感も増す。
物語のあらすじを見てみよう。これを読むと、きっと映画が見たくてたまらなくなるはずだ。
唐の都・長安。下級官吏として働く李善徳(ダー・ポン 大鵬 別芸名・董成鵬)にある日、皇帝から運命を左右する命令が下る。
「楊貴妃の誕生日を祝うため、遥か南方・嶺南の新鮮なライチを長安へ届けよ」。
ライチはとても傷みやすく、嶺南から数千キロ離れた長安へ無傷で届けることはほぼ不可能。成功すれば出世の道、しかし失敗すれば命の危険が——。
同僚の策略により、無理難題な“ライチ使”に任命されてしまった李善徳は嶺南へ向かい、ライチ農園の長の娘(ジュアン・ダーフェイ 庄達菲)、計画に投資する商人(バイクー 白客)、奴隷として虐げられていた青年(テレンス・ラウ! 劉俊謙)をはじめ、思いも寄らぬ仲間たちと手を組むことに。
刻一刻と迫る納期、腐りやすい果実、そして宮廷に渦巻く官僚達の泥沼の権力闘争。
数々の逆境のなか、歴史を揺るがす前代未聞の“ライチ運送計画”が今、幕を開ける!
まず主役の李善徳役のダー・ポンの演技がいい。
彼にはのっけから感情移入してしまった。一見風采の上がらない下級役人で真面目だけが取り柄。役所の同僚に仕事を押し付けられたり、万事に要領が悪く、うだつがあがらない感じだ。家でも、いつも気丈な妻(ヤン・ミー 楊冪)に頭が上がらず、失敗すると妻の強烈なビンタを喰らってしまう恐妻家だ。ちなみに妻はめちゃ美人だ。ヤン・ミーはこの役にぴったりか。これはのちに分かるのだが、李善徳は実は計算能力等の数学脳もあり、知識や教養も豊かで、封建社会の役所の中では能力を発揮できる仕事がなかっただけなのだ。


ダー・ポンは、スターへのインタビュー番組のMCからキャリアをスタートさせ、役者・歌手・脚本・監督・声優と多方面に才能を発揮するマルチなアーティスト。本作では老け(というより苦労で衰弱?)の役作りのせいか(実年齢44歳)、映画を見ている間中、筆者は竹中直人の困った顔を思い浮かべていた。また、ダー・ポンは、ワン・イーボー(王一博)、トニー・レオン(梁朝偉)主演『無名』でのシリアスな好演が印象に残っていて、そこでは本作とはまったく違うシリアスな一面を見せている。昨年の東京国際映画祭で見た『she has no name』(ピーター・チャン監督 チャン・ツィイー主演)では一瞬だけの登場だったが、このミステリー劇のカギを握る人物ということで未公開の後編が楽しみだ。またワン・イーボー主演『熱烈』の監督・脚本も担当してるとのことで、近年の中国映画界・TV界で目覚ましい活躍をしている。妻は吉林建州大学の同級生とのことだ。
ところで李善徳の友人が杜甫なのだが、前半チラと出てくるだけで嶺南に行ってからは再登場しなかった。この杜甫の役はドラマ『慶余年 〜麒麟児、現る〜』の主役チャン・ルオユン(張若昀)が演じていて、本作は特別出演だった。『慶余年』のファンとしては嬉しいところだろう。

さて、意表を突いた登場の仕方でびっくりさせられたのがテレンス・ラウだ。テレンスは『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』で大ブレイクして日本では断トツの人気を誇っている。
今回の役柄は嶺南知事(ラム・シュ! 林雪)が朝廷の使命を受けた李善徳に与えた奴隷の林邑奴。顔も全身も汚れているのか地黒なのか、鎖に繋がれた奴隷役が美男のテレンスというのがギャップありすぎて面白い。ネタバラシになるので詳細は描けないが、主人の李善徳に従い、苦楽を共にするうちに林邑奴は李を尊敬し、命を捧げるようになる。
嶺南地方のライチ農園の娘や商人たちと友情を交わすようになった李善徳は、収穫祭の酒宴の夜、奴隷の林邑奴(テレンス)に盃を渡す。林邑奴は「(奴隷の立場の)私が飲むわけには…」と断るが、李は「私だって朝廷の下僕だ。君と同じさ。気にするな。皆友達だ」と答える場面がある。感動的なシーンで、主人公の李徳善のオープンマインドな魅力が溢れている。ここはテレンスも好きなシーンだと後のインタビューで語っている。
そして、クライマックスではアクションの見せ場も用意されているのでご安心を。『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』を思い出して血沸き肉躍るファンも多いことだろう。


さて、物語の本筋だが、何千キロも離れた地方から馬以外、交通手段もロクにない時代、ましてや冷蔵庫や冷凍庫も存在しない世界で、腐らせずにどうやってライチを運ぶのだろう。それも新鮮なうちに!
ちなみにGooglemapで調べてみると、西安(長安)から嶺南地方まで直線で約1,800キロ。あくまで舗装された道や高速道路、山を貫通するトンネルなどもある現在の道筋だ。途中で川や湖も越えるだろう。これが約1,300年前の唐の時代だったらと考えると気が遠くなる。

李善徳と嶺南地方の協力者たちが知恵を絞って何度もトライして辿りついた「ミッション・インポッシブル」を可能にする方法とは? もうここまでの話が面白すぎる!
後半は、官僚のトップの1人、楊国忠(アンディ・ラウ! 劉徳華)の登場によって、官僚たちの権力争いが勃発し、李善徳と仲間たちもその争いの渦に巻き込まれていく。

最高権力者=皇帝の一言で、多くの人が傷つき命を落としていく不条理な展開は、現代社会にも当てはまるだろう。
ただひたすら面白い話を語りながら、ある種の苦さ、空虚さをしっかり描き切ったダー・ポン監督の手腕は見事だ。必見の映画である!

◇作品詳細
『長安のライチ』
1月16日(金)よりシネマート新宿、グランドシネマサンシャイン池袋、Strangerほか全国順次公開
監督:ダーポン(大鵬)
出演:ダーポン(大鵬)、バイクー(白客)、ジュアン・ダーフェイ(庄達菲)、 テレンス・ラウ(劉俊謙)、アンディ・ラウ(劉徳華)、ヤン・ミー(楊幂)、チャン・ ユエン(常遠)
2025年/122分/長安的荔枝 The Lychee Road/カラー/配給:Stranger、
2025©Aim Media Co., Ltd. Tianjin Maoyan Weying Cultural Media Co., Ltd. Shanghai CMC Pictures Co., Ltd.. All rights reserved
劇場HP:https://www.chuka-eiga.com/raichi
公式X:@raichimovie0116
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筆者 柚木 浩
書籍『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好心に火が点いたのは『男たちの挽歌』シリーズ『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』『いつの日かこの愛を』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半の作品に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン、チョン・ドヨン、イ・ウンジュ、ヴェラ・ファーミガなど。好きな男優はチョウ・ユンファ、金城武、アラン・ドロンなど。ハリウッド映画、ヨーロッパ映画、韓国映画、邦画など広く見ているがSFファンタジー、ホラー・怪獣映画などジャンル映画も好き。




