エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

香港映画祭Making Waves2025 香港映画黄金時代の傑作『上海ブルース』に酔う。

 監督:ツイ・ハーク(徐克) 主な出演者:ケニー・ビー(鍾鎮濤)、シルヴィア・チャン(張艾嘉)、サリー・イップ(葉蒨文)、 ロレッタ・リー(李麗珍)

 東京国際映画祭2025が終わり、続いて香港映画祭2025 Making Wavesが開催された。秋から冬へ、映画ファンには心躍る季節だ。

 今回、チケットを取ろうとした『私立探偵』(2025 ルイス・クー主演)は瞬殺で売り切れ泣いたが、ツイ・ハーク監督の名作『上海ブルース』(1984)はチケットを取ることができた。おかげで本作品を初めて劇場で見ることができて感動した(本作は1989年4月に日本公開されたようだがなぜか当時見に行っていなかったのだ)。

 90年代から定期的にDVD(以前はビデオやVCD)で本作品を見てきたのだが、やはりTV画面ではなく、映画館の大スクリーンで見るのは緊張感や高揚感が違う。

 おまけにツイ・ハーク監督による4Kリストア再編集版であるとのことで新鮮な気持ちで見ることができた。ちなみに、僕が見てきたDVDは広東語版だが、再編集版は上海語、普通話、広東語で新たに録音したものとのことだ。カットされたシーンがあるので若干だが尺が短くなっていた(カットされたシーンは広東語DVDにはある)。

 さて映画『上海ブルース」の冒頭は、1937年、日本軍による上海空爆シーンから始まる。ナイトクラブの道化で生計を立てている青年ドレミ(ケニー・ ビー)は、路上で大空襲に遭い、橋のたもとに避難。同じように逃げてきた女性シュウ(シルビア・チャン)を助け、九死に一生を得る。

 灯火管制の暗闇の中(つまり相手の顔はほとんど見えない)、二人は彼岸の戦火を眺めながら、もし、戦争が終わって、お互いに生きていたら、10年後また会いましょうと約束する。だが、その後二人は、逃げ惑う群衆にもみくちゃとなり相手を見失い、お互いに名乗り合わないまま別れてしまうことになる。

 岸恵子・佐田啓二主演の有名なすれ違いメロドラマ映画『君の名は』(1953)を想起させる設定だが、来日した際のツイ・ハーク監督のインタビューによれば、『君の名は』は見たことがないとのことである。

 『君の名は』の菊田一夫原作が、ビビアン・リー主演、マービン・ルロイ監督の『哀愁』を下敷きにしているように、この『上海ブルース』の冒頭も、『哀愁』の設定をアダプテーションしたと見るべきだろう。『哀愁』はウォータールー橋、『君の名は』は数寄屋橋、『上海ブルース』も戦火の中の橋のたもとで二人が出会う。

 ところが、『上海ブルース』は、冒頭の出会いのシーン以降の物語となると、基本的に泣かせを目的とした悲劇である『哀愁』や『君の名は』とは180度違った展開となる。

 『上海ブルース』は、戦後の混乱した社会を舞台に、貧しく生き難い時代ながら、明るくたくましく暮らすエネルギッシュな人々を活写して、見る者を楽しい気分にさせてくれるロマンチック・コメディ、あるいはシチュエーション・コメディであり、作品の質も前記2作を遥かに超えている。

 ツイ・ハークは、人気ロックバンド、ウィナーズの人気ボーカリストだったケニー・ビーを主役の音楽家志望の青年ドレミ役に起用し、シルビア・チャンをナイトクラブの人気歌姫役に設定した。さらに、ケニー・ビーに一目惚れするサブキャラクターの田舎娘役に、後に香港を代表する大歌手となるサリー・ イップを加えて、全編を音楽的な要素で彩った。これが、この映画にハッピーな心地よい感覚をもたらしてくれた。

※サリー・イップが歌う本作の主題歌の「晩風」が名曲だ。YouTubeでもよく聴くのだが、本作で物語を味わいながら聴くと格別の感動がある。

 さて、物語は10年後、戦争終結後2年の1947年。

 青年ドレミ(ケニー・ビー)と女性シュウ(シルビア・チャン)は、なんと同じアパートの上と下に、お互い知らずに住んでいた(というかドレミがシュウの上階に引っ越してくるのだ)。二人とも、「あの時の人との再会」を胸に、混乱する戦後の社会を希望を持って生きていた。

 そんな頃、大都会上海に出てきた田舎娘(サリー・ イップ)が、これもひょんことからシュウの居候になり、上階に住むドレミに一目惚れしてしまい、はてさて、一体どうなることやら…。

 我々としてはいつドレミとシュウがお互い気づくのかヤキモキしながら見ているのだが、この田舎娘の出現や忍び込む泥棒やカレンダー女王コンテストなどのドタバタもあり、ハラハラさせながら、なかなかお互い気づかない。ここらあたり、ツイ・ハークの演出がうまい!

 本作の後半部分は、戦前の上海映画界で製作された『十字路』(1937 趙丹・白揚主演)を下敷きにしているようだ。おんぼろアパートの壁1枚挟んで、喧嘩ばかりの男女(お互いの顔を知らない)が電車の中で知り合い、恋に落ちる…という話だ。僕はメグ・ライアンとトム・ハンクスの『ユー・ガット・メール』(1998)を思い出したのだが、こちらはやはり戦前のアメリカ映画『桃色の店』(1940 エルンスト・ルビッチ監督)のリメークとのことで原作はハンガリーの戯曲とのこと。

 話を『上海ブルース』に戻そう。

 ナイトクラブの歌姫シュウのアシスタントの女の子役をロレッタ・リーが演じていて適役だった。こういったアイドル的な女の子をスクリーンで活かすのがツイ・ハークの才能だ。さらに、「香港ノワール」ジャンルで主に悪役を演じた大男シン・フィオンもいい味を出していた。90年代に彼にインタビューしたことがあり、懐かしかったが、この人は先年惜しくも亡くなった。

 今回、スクリーンで見て強く思ったのは、80年代に黄金期を迎えた香港映画界の輝きと底力だ。たぶん『上海ブルース』は、今でこそ傑作・名作と呼ばれるかもしれないが、当時の香港映画としては普通に面白い映画だったのではないか、ということ。ツイ・ハークはこのあと、『北京オペラブルース』(1986)を撮り、『男たちの挽歌』(1986)、『男たちの挽歌Ⅱ』(1987)、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1986)、そしてサリー・イップ主演『ロボフォース 鉄鋼無敵マリア』(1988)、『大丈夫日記』(1989)などを製作する。魅惑の作品のオンパレードではないか。香港映画のパワーが炸裂した稀有の時代に作られた普通の1本が本作なのだ。ツイ・ハーク率いる「電影工作室」第1作! リストア版Blu-rayが出たら必見です!

※本稿は「香港電影城1」に寄稿した原稿を元に新たに手を加えたものです

 

筆者 柚木 浩
書籍『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好心に火が点いたのは『男たちの挽歌』シリーズ『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』『いつの日かこの愛を』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半の作品に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン、チョン・ドヨン、イ・ウンジュ、ヴェラ・ファーミガなど。好きな男優はチョウ・ユンファ、金城武、アラン・ドロンなど。ハリウッド映画、ヨーロッパ映画、韓国映画、邦画など広く見ているがSFファンタジー、ホラー・怪獣映画などジャンル映画も好き。