エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

東京国際映画祭2025 中国映画『飛行家』は愛と切なさとユーモアを交えた 夢実現ストーリー

 タイトルの『飛行家』から家族を顧みずに「飛ぶ」ことに人生をかけた男の話かと思いきや、想定を見事に裏切るヒューマンエンタメ作でした。

 厳寒の中国東北地方を舞台に父親と息子、二代にわたり空を飛ぶ夢を追った工員の物語ーーとざっくりまとめるにはあまりにも多彩な要素が含まれるているのです。

(ここからネタバレあり)

 リー・ミンチーは、亡き父親と同じく自作の飛行装置で空を飛ぶことに夢中でしたが、実験は失敗。そのときの事故で義弟が障害を負ったため夢を封印します。やがて改革開放政策のなか、ミンチーと妻は廃工場を改装してダンスホールを開業し義弟のために共同経営。しかし、関係は修復できず義弟は北京へ。その後、地元に戻ってダンスホールの仕事をする義弟ですが大きなトラブルを起こし、ミンチーも巻き込まれ失職。
そんなとき義弟の息子に心臓病の手術が必要になり、ミンチーはそのお金を稼ぐため、再び空を飛ぶことに挑戦するのです。

 1970年代から現在に至る時代を背景に、中国の社会情勢の変化も描写し、愛と切なさにユーモアを交え主人公ミンチーの半生を描くのですが、緩急が見事なストーリーに心を掴まれ、最後にはホロッとしてしまいました。

  脚本が抜群だと思ったら、人気作家シュアン・シュエタオ(写真左)の原作をベースに本人が脚本を書きプロデューサーまで務めていました。ポン・フェイ監督(写真右)が原作に惚れ込み映画化の運びとなったそうで、10月30日上映後の質疑応答では監督が原作の魅力を熱く語っていました。

f:id:manareax:20251103054359j:image

 小説を映画化する場合、原作のエッセンスだけを取り入れた作品もありますが、本作は作家の作品世界を忠実に映像化したのが成功の秘訣。

 なにはさておき主役ミンチーを演じたジアン・チーミンの熱演が素晴らしい。空を飛ぶためのトライ&エラーのアクションの数々をこなした上に、ひとりで青年から夫となり祖父となる年齢までそれぞれの年代をリアルに演じているのです。

f:id:manareax:20251103054629j:image

 目を輝かせて夢を追う青年期、義弟に障害を負わせた後の後悔と夢の封印、ダンスホールを成功させ意気揚々の時代、道端で求職する底辺時代、再び空を飛ぶために駆け回る躍動感を表現し、俳優としての圧倒的な力量を感じさせました。

 ちなみに妻との唯一のキスシーンは、脚本にはなかったそうで、
「監督とシュエタオさんがずーっと話していて何かと思ったら急にキスシーンを入れましょうと。物語の流れとしては2人が苦境の時なので、お互いの気持ちを表して欲しいということで突然その日に言われて演じました」
微笑ましい場面は、なんとサプライズ演出だったのです。
 残念ながらチーミンが質疑応答で答えたのはこれだけ。なぜか中国人観客の監督や作家への質問が相次ぎ、時間切れとなりました。

 それにしても登壇したチーミンに驚きでした。顔が小さく首が長く、モード系のジャケット&パンツを着こなす姿はモデルのよう。ファッションショーのランナウェイでも充分通用するはず。

f:id:manareax:20251103054727j:image
 スクリーンで見ていた野暮ったいミンチーとはまるで別人。ちなみに日本での認知度を上げたドラマ『ロング・シーズン 長く遠い殺人』の聴覚障害者役も素朴なキャラでしたが、実物はシュッとしたカッコよさ!
 願わくば、次回作は実物を生かした役柄にチャレンジしてほしいものです。

f:id:manareax:20251103054959j:image

 

【作品解説】
1970年代から現在に至る時代を背景に、空を飛ぶ夢にとりつかれた男を描く作品。中国東北地方に暮らす平凡な労働者リー・ミンチーは、自作の飛行装置で空を飛ぶという夢を追いかけているが、実験は失敗する。やがて改革開放政策のなか、ミンチーと妻は廃工場を改装してダンスホールを開業するが、ミンチーは空を飛ぶ夢を捨てきれない。
2023年東京国際映画祭で上映された『平原のモーセ』の原作者シュアン・シュエタオの小説を『再会の奈良』(20)のポンフェイが映画化。中国社会の変貌を背景に、ひとりの男の半生がユーモラスに描かれる。2024年東京国際映画祭で『わが友アンドレ』の撮影により芸術貢献賞を受賞したリュー・ソンイエの撮影が素晴らしい。
(東京国際映画祭2025公式HPより)

https://2025.tiff-jp.net/ja/lineup/film/38002CMP14

f:id:manareax:20251103054900j:image

 
村上淳子(むらかみあつこ)
映画ジャーナリスト/海外ドラマ評論家
(社)日本ペンクラブ国際委員会委員
雑誌『anan』のライターとして活動後、海外ドラマ、映画を得意分野に雑誌やWEBサイトに寄稿。著書に『海外ドラマ裏ネタ缶』(小学館)『韓流マニア缶』(マガジンハウス)『韓流あるある』(幻冬舎エデュケーション)ほか。共著に「香港電影城」(小学館)シリーズほか。