はじめに。
元ソニー・ミュージックエンタテインメントのプロデューサー今泉雅史です。
「最近のヒットチャートはわからない」「音楽の分断化が進み国民的ヒットがない」「昔の曲がいい、今の曲がいい」とか言い争うのはよしとしても、好きなジャンル以外に関心が無いのは困ったものだ。
いまアイドルの世界ではジャニーズ問題が大きいが、Jポップスの世界ではアーティストがダイレクトにSMSから発信するスタイル、今までのメーカー、プロダクションの枠を取り払ったミニマムな展開からの自然発生的なヒットの時代を迎えている。
自主制作を超えた新しい配信と、サブスクの時代に、あえて70年代から90年代のアナログからCDへの転換を最大トピックとする音楽業界の派手でキラキラした世界だけでない、約30年間、業界で働いた当事者としてリアルにもう一つの事実を伝える事で、これからの音楽やクリエイティブを担う、担いたいピープルに、温故知新というか、ちょっとしたヒントになればという気持ちから書き記したものです。
◾️福井県ですくすく育ったキラキラ瞳の少女は、日本のポップロック界を変えられる程のインパクトがあつた!
1996年当時、ソニーミュージックには全国に張り巡らしたスカウトシステムがあった。ある日北陸ディビジョンの契約社員で、ミュージシャン兼スカウトマンとして活動していた温厚な川上シゲ氏から「地元音大卒のいい子いますよ〜(笑)」と、聞きようによってはいかがわしい電話がかかってきた。
80年代に一世を風靡したカリスマクイーン・戸川純を思わせる個性の持ち主にしてキュートさが魅力と評し、「ああいう天然系を扱えるのは、制作で今泉さんしかいないので絶対見て欲しい」と褒められたのかどうかは定かではないがオーディション会場に駆けつけた。
そして、ステージ上をただ何か叫びながら走り回ってる小動物を見た。いわゆる“不思議ちゃん”である。
綺麗というより可愛い、頑固なファッションセンスがある、発言がほぼ意味不明。ただ、音楽に関する情熱には溢れていた。“この不思議ちゃんイケる!”と確信した。
で、ここからが大変だった。
巷では、これまた戸川純ちゃん路線の椎名林檎が大ヒットしていた。僕はこの林檎を目標にしながら、更にハイブリッドな最新型ミュージックを確立すべく、サウンドはもちろんスセンシティブな川本のボーカルを生かせるのは、あのYMOのメンバーでスタイリッシュな髙橋幸宏だと考え、彼の事務所と組もうと動いていた。
新しい時代の始まりを創れるとワクワクしていたにも関わらず、芸能界は音楽的才能とアイドル要素を兼ね備えた川本を見逃さなかった。ある日、上司から状況を聞かれ正直に説明したら、「話しにならん。芸能界屈指の強力なプロダクションを紹介する」と言われ、あっという間に赤坂での打ち合わせに引き摺り込まれた。日本料理屋で熱燗飲み干す間には川本の売出し方が決まりつつあり苦渋の気持ちだったが、僕も一介のサラリーマンだから徹底抗戦は困難だった。
同時に社内からも攻勢がかかった。宣伝マンAが「いくらなんでも本名の名前じゃ売れないでしょう?ついては芸能界で有名な占い師がいるから頼んでみましょう」
僕も、本名では地味かなぁと思ってたので、後日“真琴”で行きたいと、結果が出たまではまぁ問題はなかったが、今度は「サウンドプロデューサーとして宣伝会議で岡村靖幸の名が出てますけどどうですか?」とたたみかけてきた。
ファンキーな和製プリンスとしてヒットを飛ばし続けていたがやや方向に迷いがあるので、有望新人の曲を書いて打開を図りたいとの事で、わざわざ兄弟会社エピックソニーの社長に会うこととなった。エピックにとって大事なアーティストなので慎重に接して欲しいとの趣旨だった。良くも悪くもアーティストオリエンテツドの会社らしいとの印象を持った。
岡村靖幸に会って話しを進めたら、最近作曲してないから前の曲で良かったら自由に使ってと言われて、コンビニ袋に詰まったカセットをドサっと渡されたのにはビックリした、買い出しじゃないんだから〜(笑)。
なんとか岡村の推薦曲を聞き出し、後日決め込んだのがデビュー曲'『愛の才能』だ。レコーディングでの事件も沢山あったが、素直ででもどこか尖った川本の詩で歌いあげるとカタチにはなった気がする。
でも、どこか釈然としないので、僕は同じファンク路線で大好きなバンドPINKのベーシスト岡野ハジメと、デモと言いつつレコーディングを敢行!ハイブリッドポップという方向を具現化したものだった。
しかし社内での評価は冷ややかだった。アバンギャルド過ぎるというのだ。そしてまた上司に呼れ「君もベテランなんだから、ディレクションも若い力に任せてみるのが大人でしょう」という正論で、このプロジェクトから外れることに、、、。
抵抗はしたものの、『愛の才能』は当時の僕のアシスタント名でリリース。カウントダウンTVのテーマにも決まりスマッシュヒットした。サードシングルは、人気ムービー『流浪に剣心』のテーマとなり大ヒットするなど、シングル7枚、アルバム5枚をリリースし、まずまずの成果は出したものの、アーティスト本人と制作宣伝体制とのギャップは大きく、レコード会社移籍を繰り返すも体調を崩すなどして約4年でクラッシュ!
メジャーを離れ、インディーズとして「タイガーフェイクファー」や「ゴロニャンズ」などと名乗りながら活動を続けたが、その後は音楽よりもスキャンダルで名を馳せたり、もう一つパッとしないのは残念すぎる。
現在は、故郷福井を拠点に全国ツアーを続けているという。地元では、姉よりしっかりしていると言われる妹とデュオでライブなどもしているという噂も。いまだに根強いファンも多いし、再デビューへの期待も大きいのだが…。
【教訓】業界筋の強い力には、柔軟に対処し、粘り強く説得していくしか無いんだろうけど、なかなかに骨が折れる。今となっては、当時の自分の力の限界を感じる。今ならもっと上手に立ち回れたかもしれないと痛恨の極み。
でも、メジャーに頼らずとも、新しい音楽のスタイルを創れる時代、川本真琴にはこれからもより自由により自然体で本来の希有な才能を発揮してもらいたいものだ。
※文中では敬称は略して表記させていただきました。
今泉雅史(音楽・落語プロデューサー、プランナー) 1973年広告会社入社。コピーライターとして企業広告、日産チェリー等を手がける。1975年、ソニーミュージックエンターティンメント(当時はCBSソニー)に入社。洋楽宣伝、大阪営業所販促を経て1980年より邦楽プロデューサー。主な担当アーティストはHOUND DOG(ハウンドドッグ)、PSYS(サイズ)、ZELDA(ゼルダ)、Scanch(すかんち)、the東南西北、溝口肇、白井良明(ムーンライダーズ)など。2007年、カタログマーケティング中心のソニーミュージックダイレクトに移動、YMO、シーナ&ロケッツ、戸川純等アルファレーベルを担当、2009年から伝統芸能、落語を中心のレーベル『来福』を立ち上げる。主な作品、古今亭志ん朝、柳家小三治のDVD全集。春風亭昇太中心の新作ユニットSWA(すわ)のCDやDVD等。2012年退職。フリープロデュサーとして、落語イベント‘’渋谷に福来たる"等の企画、制作に携わる。






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