エンタメパレス

映画、海外ドラマ、本を中心に、執筆メンバーの激推し作や貴重な取材裏話など、エンタメ好きの心に刺ささる本音どっさりのの記事をお届けします。

音楽プロデューサーの今だから言えること【チェロの貴公子・溝口肇のパリ録音裏話】(連載8)

はじめに。

 元ソニー・ミュージックエンタテインメントのプロデューサー今泉雅史です。

「最近のヒットチャートはわからない」「音楽の分断化が進み国民的ヒットがない」「昔の曲がいい、今の曲がいい」とか言い争うのはよしとしても、好きなジャンル以外に関心が無いのは、困ったものだ。

 いま、アイドルの世界では、ジャニーズ問題が大きいが、Jポップスの世界ではアーティストがダイレクトにSMSから発信するスタイル、今までのメーカー、プロダクションの枠を取り払ったミニマムな展開からの自然発生的なヒットの時代を迎えている。

 自主制作を超えた新しい配信と、サブスクの時代に、あえて70年代から90年代のアナログからCDへの転換を最大トピックとする音楽業界の派手でキラキラした世界だけでない、約30年間、業界で働いた当事者としてリアルにもう一つの事実を伝える事で、これからの音楽やクリエイティブを担う、担いたいピープルに、温故知新というか、ちょっとしたヒントになればという気持ちから書き記したものです。

チェロの貴公子・溝口肇にまつわるあれこれ、パリ録音でアフリカのミュージシャンが来なかった衝撃の理由

 何度も記してるように、80年代はアナログなバンドブームの時代だった。そんな中、一方で安らぎや、癒やしを求めるNew A ge Musicというムーブメントも発生し、北欧あたりを中心に拡がりつつあった。

 そんなある日、"ふきのとう''という叙情派フォークグループを抱える事務所から売り込みがあつた。ちなみに僕も後年、シングルを1枚担当したこともあるが、『白い冬』『春雷』などのヒットで、当時はオフコースと比較される存在だった。つまり大事な事務所だったということ。

 そして示されたのは、意外にも東京芸大卒のチェロ奏者だった。僕は、クラシックには疎いのでと遠回しに断ったが、本人はハードロックバンドをやっていた事があり、メロディアスながら、ポップで新しい音楽をやりたいとのこと、しかもグッドルッキング。

 デモテープは、ココロ安らぐ美しく透明感に溢れたもので、最新のニューエイジミュージックとして、総合キャンペーンで、新鋭バイオリニスト、ピアニスト達のデビューを含めてレコード各社の垣根を越えて、アピールしよういう展開になった。

 このムーブメントの最大の成果は、クライズラー&カンパニーとして、デビューし、後に"情熱大陸"のテーマを大ヒットさせたバイオリニスト葉加瀬太郎であろう。

 そんな取り組みの中、溝口肇ファーストアルバム"ハーフインチデザート"は、1986年に発表。その後、97年まで、SONYから7枚のアルバムを発表した。

 いまや考えづらい、重厚感あふれるタバコ、ピースのCM、人気番組"世界の車窓から"のテーマなどで親しまれてきた。

 さて、6枚目のアルバム"サウスバウンド、太陽の南"は、ピラミッドの傍でチェロを構えるかっこいいジャケットでちょいと話題になったが、コンセプトはワールドミュージックという事で、多くのアフリカ系移民を、受け入れているパリで、レコーディングを行った。

f:id:manareax:20250412180634j:image

 大変なのは、チェロを抱えての飛行機移動、手荷物に出来ず、もう一席押さえるのが必須。楽器の値段的にも、そうするのが妥当と納得してたけどね。

 で、アルバムの中でアフリカ人ミュージシャンによる猛烈なパーカッション群と、チェロのアドリブ的な演奏というのが1つの目玉曲としたのだが…。
録音当日、およ30人の人員をキープしていたのに、定刻に来た人、ゼロ!
 その後、三々五々、半日待って約半分の15人。コーディネイターに詰め寄ったら、しれっとアフリカ人は、その日の仕事は神のお告げによつて動くので来ない場合も多いという返事。とりあえず昼ご飯をというので、エチオピア料理店から出前をとった。辛すぎることもなくなかなか美味しかった。

 不満と苛立ちを抱えていた溝口君も、多少元気を取り戻し、気を取り直して演奏しようというモードになってきた。本来の企画の趣旨とは違うが、2回音を重ねようという事で落ち着き、なんとかアフリカの草原に響くような雄大なサウンドが録れた。

 一件落着と見えたが、もう一つ大問題、ギャラは当日払いが彼等の原則とのこと。コーディネイターは、フランの小切手しか持ってない、メンバーは、現金が原則だと言い張る。しかも、フランではなくアフリカの通貨!

 結果コーディネイター、マネージャーと分担して、初のフランスの銀行へ。わけわからず小切手をアフリカの現地通貨に交換して欲しいと全面身振り手振りで伝えてグッタリしていたら、ようやく担当者から声がかかり、大量のアフリカの現金を受け取り、配布することができた。多分今ならもっとスマートな決済方法があるだろうに。

 

教訓
海外録音の場合、現地の最新情報を把握しているかによって、録音効率も変わるし、習慣も違う。アフリカ人ミュージシャンは「神のお告げ」で来ないこともある。世界は広い、日本の常識は通用しない事を覚悟して行くべき。

※文中では敬称は略して表記させていただきました。

 

今泉雅史(音楽・落語プロデューサー、プランナー)
1973年広告会社入社。コピーライターとして企業広告、日産チェリー等を手がける。1975年、ソニーミュージックエンターティンメント(当時はCBSソニー)に入社。洋楽宣伝、大阪営業所販促を経て1980年より邦楽プロデューサー。主な担当アーティストはHOUND DOG(ハウンドドッグ)、PSYS(サイズ)、ZELDA(ゼルダ)、すかんち、the東南西北、溝口肇、白井良明(ムーンライダーズ)など。2007年、カタログマーケティング中心のソニーミュージックダイレクトに移動、YMO、シーナ&ロケッツ、戸川純、等アルファレーベルを担当、2009年から伝統芸能、落語を中心のレーベル、来福を立ち上げる。主な作品、古今亭志ん朝、柳家小三治のDVD全集。春風亭昇太中心の新作ユニットSWA(すわ)のCD.DV D等。2012年退職。フリープロデュサーとして、落語イベント‘’渋谷に福来たる"等のの企画、制作に携わる。