10月3日、第37回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門出品作品『オラン・イカン』(シンガポール/インドネシア/日本/イギリス)のワールドプレミアが開催され、主演のディーン・フジオカと監督のマイク・ウィルアンが上映後のQ&Aに登壇した。
この作品は題材的にもとても興味深く、先行抽選を経てチケットを購入した。
ジャンル映画としての興味が大きかったが、B級モンスタームービー的な面白さや強烈なサスペンスを保ちつつ、それを超えた不思議な味わいの映画に仕上がっていた。
モンスター映画を見に来たつもりが周りはほとんど女性で、そこは主演のディーン・フジオカの魅力によるところが大きいだろう。
監督のマイク・ウィルアンはIMDの情報によれば『バッファロー・ボーイズ』(2018)という監督デビュー作があるようだが未見。しかしトレーラーを見るとサム・ペキンパーを彷彿とさせる西部劇(ジャワが主な舞台の復讐劇)を展開していて、見たくてたまらなくなった。
『オラン・イカン』のあらすじをざっと紹介しておこう。
太平洋戦争中1942年5月のインドネシア近海。
日本兵の斎藤(ティーン・フジオカ)は、捕虜を日本に輸送する船の中で上官から即席の裁判にかけられ、イギリス兵捕虜のブロンソン(カラム・ウッドハウス)と鎖で足を繋がれてしまう。
そのとき、連合軍の潜水艦の魚雷攻撃を受け船は沈没。斎藤は、どことも知れぬ島の海岸に、敵国捕虜と足を鎖で繋がれたまま、命からがら流れつく。
※斎藤の罪状はラストまで明かされない。
斎藤は英語を解さない、プロンソンも日本語がまったく分からない。
言葉も通じず、最初はいがみ合う2人だったが、生きるために食べるものを探し、火を起こし、ほっと一息ついたとき、恐怖の事件が起こる…。
ネットでインドネシア語の辞書を検索すると「オラン(orang)」は「人」、「イカン(ikan)」は「魚」を意味する。つまり「半魚人」だ。「オランイカン=半魚人」は監督のマイクによれば、マレーシアに伝わるミソロジー(民話)とのことで、監督が調べてみると、第二次世界大戦時に「日本兵が半魚人を見た」と証言した記録がインドネシアのケイ諸島(Kai Islands)に残っているのだという。
インドネシアはじつに1万7000を超える島嶼を抱える世界最大の群島国家だ。そんな島々の一つでその日本兵は何を見たのだろうか。
監督のマイクは、この「日本兵が見た」という記録から作品インスピレーションを受けたと語り、「未知のものへの畏怖の念」を描きたいと思ったという。
監督が語ったところでは、本作のモチーフとして、『大アマゾンの半魚人』(1954年)と三船敏郎&リー・マービン主演の『太平洋の地獄』(1968年)との2作品を挙げた。『大アマゾンの半魚人』はドラキュラやフランケンシュタインなどモンスター映画を十八番としていたユニバーサル映画の作品で古典的なモンスターホラー映画だ。
一方、『太平洋の地獄』は大昔にテレビで見たきりだが、日米敵同士の軍人2人が無人島に流れついて対立するという設定は確かに本作でいかされている。
個人的には『手錠のまま脱獄』(1958年)という作品のテイストも入っていると感じた。これは白人と黒人の囚人が手錠で繋がれたまま脱獄、敵対しながら絆を深めていく話だ。黒人差別が激しかった頃のアメリカが舞台だけに、社会派の問題作であった。シドニー・ポワチエとトニー・カーティスがアカデミー主演男優賞にノミネートされた。
『太平洋の地獄』の三船は武骨で不器用な日本軍人を表現していたが、本作のディーン・フジオカはシャープで寡黙でストイックな、今までにない新しい日本兵像を作り出した感じがする。
劇中、ディーンはジャングルを彷徨い、日本刀で未知の生き物=モンスターと戦う。この日本刀のサムライアクションがじつにカッコよく、彼に「静」のイメージを持っていたのだが認識を新たにした。
ディーンに劇中の激しいアクションについて質問が出たが、「特に意識することなく、この状況でサバイブするという生存本能でもって自然にやれました」と答えた。この答えがまたスマートだ。
付け加えて「僕はインドネシアに縁が深い人生なので、インドネシアの映画に主演するのはまるで奇跡のようで感慨深いです」と語っている。
本作についてディーンは「最初シナリオを読んだとき、もちろんモンスター映画、ホラー映画というイメージは受けたんですけど、それと同時にハートをゆさぶられる映画になる」と感じたという。
舞台上で監督と流暢な英語で会話するディーンを見ていると、まさに国際人の風格があり、他にも中国語(普通語、広東語)、インドネシア語など計5か国語を話すというディーンに国籍を超えた魅力とオーラを感じた。
監督は「ジャングルでの撮影はじつにタフだった。ディーンさんは毎日、島の宿泊施設から45分歩いて撮影地に来てくれた。ほとんどトレッキングだった。
国際的な俳優やスタッフたちが集まっていたが、過酷な撮影のなかで信頼関係を築くことができた。撮影地では地球にこんな美しい場所があるのかと思った」という。
「B級モンスタームービーを超えた不思議な味わいの映画」だと筆者が感じたのは怪物が単に排除すべき悪として描かれているのではないからだろう。
「ローカルでありながらグローバル、自分が地球の一部だと感じられるような普遍的な映画を作った」との監督の自負の言葉が印象的だった。
かつての勧善懲悪の図式ではない多様性をもったモンスター映画といえるだろうか。必見の作品である。
※Q&Aの舞台では、本作のクライマックスの重要なシーンについての会話が交わされたが、ネタばらしにもなるのでここでは割愛します。
付記しておくと、本作は現時点では日本公開は決まっていないようだが、ぜひ配給してほしい作品である。
柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
書籍『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを劇場で見て以来。
火が点いたのは『男たちの挽歌』『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン。ハリウッド映画、ヨーロッパ映画、韓国映画、邦画など広く見ているがSFファンタジー、ホラー・怪獣映画などジャンル映画も大好物。