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沁みる映画『本日公休』を見ると なんだか優しい気持ちになれる

 

 残暑がなかなか終わらず身体も気持ちもちょっと疲れている今、

 涼しい映画館でこの映画を見れば「頑張ろうかな」という気持ちになる。

 もっと家族や周りの人に優しくしようかなとも思える。

 

 すぐれた文学や映画、演劇、音楽は、我々の心に「生きる喜び」のようなものを感じさせてくれるものだ。台湾映画『本日公休』を見るとそんな気持ちを味わえる。

 この映画を見たいと思ったきかっけは、1にシンプルで飾らない魅力的なタイトル。

 まるで日本映画黄金期(1940、50年代)の映画のタイトルみたいではないか。

 2は主演女優のルー・シャオフェン(陸小芬)が24年ぶりに女優に復帰した映画だと知ったから。それは絶対見なくては!

 3は脚本がウー・ニェンチェン(呉念真)だと知ったから。台湾の巨匠ホウ・シャオシェンの傑作『非情城市』『恋恋風塵』の脚本家であり、ウーの脚本監督作『多桑/父さん』が好きだったから。

 

『本日公休』

2024年9月20日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

2023年|台湾|106分|カラー|1.85|5.1ch 原題:本日公休 英題:Day Off 字幕翻訳:井村千瑞

提供:オリオフィルムズ / 竹書房 / ザジフィルムズ 配給:ザジフィルム本日公休』

2024年9月20日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロズ / オリオフィルムズ

協力:大阪アジアン映画祭 後援:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター

©2023 Bole Film Co., Ltd. ASOBI Production Co., Ltd. All Rights Reserved

公式サイト:https://www.zaziefilms.com/dayoff/

公式X:@dayoff_JP

 

ちょっと長い前置きになりますが…

 筆者の香港映画マイベスト10に入れたい作品の一つが『望郷 客途愁恨』(香港・台湾合作1990年)。主演女優は二人、本作『本日公休』の主演ルー・シャオフェンとマギー・チャン(張曼玉)で、シャオフェンはマギーの母親役だった。

 シャオフェンは日中戦争期に満州に在留していた日本人女性役だ。敗戦時、引き上げ船を待つ一家を助けてくれた優しい中国将校レイ・チーホン(李子雄)と恋に落ち、日本に帰らず彼の故郷マカオ(やがて香港)に移り住み娘が生まれた。

 それから長い年月…。ロンドンに留学していたマギーが久しぶりに香港に帰ると、父を亡くしてふさぎ込む母の姿があった。マギーは母親とずっと不仲だった。数十年ぶりに自分の故郷の日本に帰りたいと泣く母とともに、九州へと旅立つマギーは、敗戦時から何十年も敵国日本人として中華人社会で暮らしてきた母の孤独を初めて知る…。 

 回想形式で描かれる父と母との出会い、亡くなった父への母の愛、祖母に毎日のように罵られる母の悲しい姿、マギーは異国の地で母の本当の心持ちを知る。

 

 実際に日本人の母を持つ香港の名監督アン・ホイの自伝的な作品で、撮影当時34歳だったルー・シャオフェンの憂いのある演技が印象的だった。素晴らしい女優だと思った。

 僕にとっては1990年の『望郷 客途愁恨』以来じつに34年ぶりの再会が『本日公休』だった。

 この『望郷 客途愁根』の脚本を執筆したのが、ウー・ニェンチェンで、今回『本日公休』の脚本をウーが執筆していることも縁だと思った。主演のルー・シャオフェンはウーのこの脚本を読み、24年ぶりの復帰を決めたというのも頷ける。

 

アールイの理髪店。いつも黙って新聞を広げる常連客の「先生」。主演のルー・シャオフェン(陸小芬)は4か月間ヘアカットの猛特訓を積んで撮影に臨んだというだけあって鋏を扱う手つきも堂に入っている。

 

  ストーリーは公式サイトから。

「台中にある昔ながらの理髪店。女手ひとつで育て上げた3人の子供たちも既に独立し、店主のアールイさんは今日も一人店に立ち、常連客を相手にハサミの音を響かせます。ある日、離れた町から通ってくれていた常連客の“先生”が病の床に伏したことを知ったアールイさんは、店に「本日公休」の札を掲げて、最後の散髪のためにその町に向かうのですが……」

 

 この映画は物語の構成が抜群だ。

 冒頭の数分は、床屋の女店主アールイ(ルー・シャオフェン)が理髪道具セット(これが職人っぽくてカッコいい)を持って、「本日公休」の札をぶらさげ、年季の入ったボルボで旅立つシーンだ。

 推定年齢60代後半くらいか。

 アールイがスマホと水筒を忘れて(後で分かる)、一人、遠距離の出張床屋に出かけるこのオープニングシーンからしてもう何かが起こりそうなドラマの予感がする。

 母アールイとすれ違いで、台北で映像関係のアシスタントをしていた次女が夢破れて突然帰ってきて「本日公休」の札を見る。しかし、鍵がかかって入れない。

 近くに住む兄を呼んで二階から入ってカギを開けてもらい、理髪店の椅子に座って話し込む兄妹。

 母の居所を聞くため、やはり近くの美容院で働く長女に電話するが彼女も知らない。買い物でも行ったんじゃない? 忙しいのにそんなことで電話してこないで。長女は気が強い。彼女は離婚したばかりだ。長女の元夫は優しい男で義母だったアールイと仲良しだ。

 兄は屋根のソーラーパネルのセールスマンというが、日中連絡しても普段着で暇そうだ。

 前半のそれこそ10分くらいで家族の4人の姿が見えてくる。うまい脚本だ。

 

長女の子供を囲んでアールイの右が長男役のシー・ミンシュアイ(施名帥)、その隣が髪を染めた長女役アニー・チェン(陳庭妮)と次女役のファン・ジーヨウ(⽅志友)。

 アールイの日常も点綴されていく。

 ホワイトボードの常連客の電話番号に次々に電話するアールイ。そろそろ散髪の時期だと思いまして、とか、近々娘さんの結婚式ですよね、きれいに散髪しますよとか。近所のお父さんや中学生の男の子、赤ちゃんの初散髪もする。

 ある朝早く、突然やってきたお爺さんに髪染めを頼まれる。

 死んだ妻が夢枕に立って染めて来いと言われたと。白髪だと再会した時に誰だかわからないでしょと妻は怒っているんだという。

 中学生の男の子は、前髪がある男の子が好きと同級生の女の子に言われて、アールイに前髪残して散髪してもらうが、すぐに母親に前髪切って来いと連れてこられて泣きじゃくる。 

 まことに人間関係が濃い、台湾らしい町内会の交流に昭和の日本を思い出す人も多いだろう。

 

こんな床屋さんがあったら散髪に行きたい。

 筆者が生まれ育った東京下町の床屋を思い出す。

 僕の場合、おじさんが店主だった。よく新刊の漫画雑誌を読むために友達と数時間前から床屋の床に座って漫画を読みふけったものだが、店主はにこにこ許してくれた。散髪してもらって、夕暮れに心配した母親が探しに来てあきれられたこともある。

 自分が就職したころおじさんは亡くなり、おしゃれな娘婿の代になってからは足が遠のき、やがて自分が引っ越してしまった。

 

 アールイは常連客のなかで大事な「先生」が先月散髪に来なかったことが気がかりだ。

 「先生」は少し離れた「彰化」という町に引っ越したが、アールイに散髪してもらうため高齢ながらバスで毎月通ってくれていたのだ。心配して電話すると娘が出て、案の定、先生は床に伏していることがわかる。

 

 アールイは彰化まで出張散髪に出かける決心をする。一度長女に話すと、往復の交通費や出張散髪費とか入れると1万円くらいもらわないとコストが合わないと言うが、アールイは先生にはとてもお世話になったの。「人生は計算できない」と名台詞を吐く。

 この映画は名台詞の宝庫だ。「誰にでも頭はある。だから理髪師は失業しない」「人は後頭部を見れば分かる」等々。

 

 この映画は、アールイが出張散髪に出かけるシーンから一種のロードムービー的な展開となる。

 途中でお世話になった人の髪を刈ってあげたり、アクシデントも起こったりする。ついに先生の家にたどり着いたアールイを待ち受けているのは…。

 1時間45分あたりのアールイをとらえたロングショットは涙なしに見られない。

 ルー・シャオフェンはこのアールイ役で25回台北電影奨最優秀主演女優賞を受賞。

 

道中に出会った農業に取り組む青年役に二枚目チェン・ボーリン(陳柏霖)。むさ苦しい長髪姿で登場し、アールイに散髪してもらう印象的なシーンだ。

 監督のフー・ティエンユー(傅天余)は国立政治大学日本語日本文学科卒業、その後、作家として活動を始め、小説『清潔的戀愛』で第24回時報文学賞最優秀短編賞、『業餘生命』で中央日報文学賞最優秀小説賞を受賞、とのことだ。母は理髪師だという。アールイのモデルである。ドキュメンタリー作品『阿蕊的家庭理髮』は理髪師の母親を記録したものだ。

 作家という経歴からも彼女の構成力や描写力における「言葉」へのこだわりを感じる。ウー・ニェンチェンのすぐれた脚本とフー・ティエンユー監督の資質があいまって、本作品が詩情あふれる作品に結晶したのではないだろうか。

 劇中とラストで流れるホン・ペイユー(洪佩瑜)の歌もいい。作詞はウー・ニェンチェンである。主題歌『同款』は第60回金馬奨 最優秀映画主題歌賞を受賞。

 心に沁みる歌である。

 映画の余韻を味わいつつ、じっくり聴いてみてください。

常連客の赤ちゃんの初散髪。祖父と父と3代に渡ってアールイに散髪をしてもらうことに。微笑ましい場面だ。

元娘婿チュアンを散髪するアールイ。心優しいチュアンはアールイのお気に入り。演じるフー・モンボー(傅孟柏)が好演。おそらく監督のお気入りの人物像なのでは。優しすぎて親友のために貯金を無断で貸したことが長女との離婚の原因だった。



柚木 浩(コミック編集者/映画ライター)
『香港電影城』シリーズの元編集者&ライター。
香港映画愛好歴は、『Mr.Boo!』シリーズを劇場で見て以来。
火が点いたのは『男たちの挽歌』『誰かがあなたを愛してる』『大丈夫日記』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』あたりから。
好きな香港映画は1980年代後半~90年代前半に集中しているが、2000年以降のジョニー・トー作品は別格。邦画、洋画、韓国映画、台湾映画も見る。ドラマは中国時代劇、韓国サスペンス系。好きな女優、チェリー・チェン。