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祝☆エミー賞ノミネート、『イカゲーム』が「あえて…」×10で大成功した理由

 もともと韓国はアジアのドラマ大国でしたが、その作品の人気はアジア圏中心のものでした。それが極限のデスゲームを描く『イカゲーム』(2021年よりNetflixで配信中)が世界的に人気爆発。

公開から26日で視聴世帯数が1億1100万を超え、Netflix史上最高の記録を作りあげ、ハロウィンでは全米一のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート」で劇中に登場する緑のトレーニングウェアが仮装用に販売されたほど。

さらに今年、ドラマ界のアカデミー賞といわれる「第74回エミー賞」のドラマ部門で作品賞に加えて、主演のイ・ジョンジェをはじめ4人が演技賞の候補にノミネートされました。しかも英語以外のドラマのノミネートは史上初の快挙!

アメリカでそこまでブレイクした理由は何なのが?そんな超級人気作の意外な「あえて…」の成功の秘密を検証ささてみました。

 

◇ストーリー

多額の借金で行き詰まったソン・ギフン(イ・ジョンジェ)は地下鉄のホームで見知らぬ男から大金が手に入るゲームに誘われ怪しい名刺を渡される。

ギフンは記載された電話番号に連絡し、秘密裏に孤島で開催されるゲームに参加する。

巨大な施設に集められたのは456人の男女。優勝者は超高額456億ウォン(約42億円)の賞金を獲得するが、負けると命はない。昔からの子供の遊びを取り入れた壮絶なサバイバルゲームに、それぞれ引き返せない人生を抱えた参加者たちが挑んでいく

 

新大久保のコリアンタウンではこんなキーホルダーが発売されていました。

①あえてわかりやすいタイトル

まず、タイトルが上手い。一度聞いただけで印象に残る覚えやすい題名です。韓国の子供の遊びなのですが、「イカゲームとはなんだろう?」と韓国以外の視聴者は疑問に思い興味をそそられる。抽象的なカッコいいタイトルにもできたはずですが、ど直球が効果的でした。

 

②あえて全9話と濃縮

米国ドラマは通常1シーズン22話ですが、『ウォーキング・デッド』などのように12話前後の作品も増えています。韓国ドラマは長編作を除き、ほとんど16話が定番で長いもので22話前後。日本ドラマは1クール12話が主流です。ところが本作は全9話と短い。毎日、3話づつ観れば3日で完走できる。短期集中でストーリーにハマれるのです。

 

16話の韓国ドラマ『愛の不時着』が日本で大ヒットした背景にはいちばん厳しい緊急事態宣言のときに、ステイホーム中の芸能人がこぞって観て感想を拡散しブームを牽引したわけですが、面白い作品を薦めても長い作品だと手が出ない人も9話だと観てみようかと思う。多忙な現代人にとって話数の短さも、本作を観るハードルを下げていると思われます。

③あえて単純すぎるゲーム

すでに「デスゲーム」というジャンルは人気で漫画でも映画でも量産されています。そこでゲームが頭脳戦や心理戦になり複雑化する作品も目立ちますが、本作は子供の遊びのままの単純なルール。「ダルマさんが転んだ」では、止まるべきときにちょっとでも動いた人間は即、射殺されるのです。かつての無邪気な遊びの勝ち負けが生死を分ける。その落差があまりに衝撃的!

 

④あえて再びデスゲームに舞い戻る設定

「そんなバカな?」という子供のゲームで多くの人間が殺される非情な現場に遭遇した参加者は、いったん多数決でゲームを棄権。日常生活に戻るのですが、それぞれ追い詰められ再びデスゲームに参戦します。いったん抜け出したのに、また舞い戻る設定が同種の作品では希少です。

 

劇中に登場したラーメンのポップも『イカゲーム』仕様

 

⑤あえてゲームの進行係を記号化

ゲームの参加者以外の進行係は「○」「△」「□」のマークが付いたマスクで顔を隠しています。非情に参加者を殺すときの表情がまったくわからず人間味が一切、感じられない。そのぶん参加者の表情や感情だけに視聴者は全集中でき、深くストーリーに入り込むことができるのです。

 

加えて、謎めいた「○」「△」「□」のマークのビジュアルは強く視聴者にインパクトを残し、ハロウィンの仮装用コスプレになったほど。さらに、Netflix が米国のウォルマートと提携し、本格的に『イカゲーム』Tシャツなど、多様なグッズの販売を開始するのも話題に。韓国発の作品ながら世界最大のスーパーチェーンまで動かした影響力がハンパない。

 

 

⑥あえて二重の伏線

生死を賭けたゲームの行方だけでも手に汗握りっぱなしなのに、謎の組織の名刺を残して行方不明になった兄を探す刑事ファン・ジュノ(ウィ・ハジュン)まで登場。たったひとりでゲームの現場に潜入し、進行係に扮し兄を探しながら前代未聞の犯罪組織を暴こうとするのですが…。ジュノの行動にもハラハラが止まらずサスペンス感が倍増!

 

⑦あえて回想シーンがない

韓国ドラマには、通常、やたら回想シーンが多く挿入されます。米国や日本でも過去をストーリーに挟み込むのは王道。本作のようなストーリーだと各キャラクターの過去のシーンが何度も登場することも少なくありません。しかし、本作はそれぞれのキャラクターの過去を台詞で語らせる構成で、時間軸の移動がないためストーリーがわかりやすい。このシンプルさが多くの国で幅広い年齢層に受けたに違いありません。

 

⑧あえてミステリー要素も加味

 金に困り借金でがんじがらめになった多くの人々を探し出しゲームに参戦させる。島に巨大な施設を作りこれほどまでに大掛かりなデスゲームを仕掛けた謎の組織の実態は?果たして黒幕は誰なのか?ミステリー要素を加えたことで、第1話からその謎にも引きつけられずにはいられない。

 

⑨あえて意味深な台詞を入れる

ゲームの仕掛け人が語る台詞、

 

「最も大事なことを奪ったことが許せない。平等だ。ゲームでは皆が平等なのだ。参加者全員が同じ条件のもとで競う。平等と差別に苦しんできた人々に公平に競える最後のチャンスを与えるのだ。その原則をお前たちが破った」

 

「まだ人を信じるのか。あんな体験をしても」

 

「金が全くない者と金が多すぎるものの共通点は何だかわかるか?人生がつまらないと言うことだ。金が有り余っているものは何を買ったり食べたり飲んだりしても結局はつまらなくなってしまう」

 

たんなるサバイバルゲームに終わらない、人間にとって平等とは?信頼とは?お金とは?を考えさせられるエピソードや台詞が出てくることで、テーマや意図を考察させ、それがSNSなどで話題を呼び人気加速に繋がりました。

 

⑩あえて贅沢すぎるキャスティング

主役のギフンを演じるイ・ジョンジェは、本作では情けない役どころですが、カッコいい演技派として評価されてきました。ハリウッドでリメイクされたファンタジーロマンス『イルマーレ』(00)では、切ない想いを募らせる清々しい青年役、映画祭や映画賞で高い評価を獲得したクライムストーリー『新しき世界』(13)では犯罪組織に長年潜入する刑事の葛藤を演じるなど、ラブストーリーからアクションまで幅広くこなせる俳優として、デビュー以来27年

活躍を続けています。

 

ギフンをゲームに誘う謎の男役のコン・ユは大ヒットホラー映画『新感染半島 ファイルエクスプレス』に主演して大ブレイク。過去には本作の監督ファン・ドンヒョクが手掛けた社会派作『トガニ 幼き瞳の告発』(11)で聴覚障害者学校で起こった職員による生徒への性的虐待事件を告発する教師役で胸が締め付けられるような演技を観せてくれました。実際の事件をもとにしたこの作品は、障害者や児童に対する性暴力を厳罰化するほど社会に影響を与えたのです。

 

カメオ出演のイ・ビョンホンはハリウッド映画『G.I.ジョー』『REDリターンズ』にメインキャラクターのひとりとして出演。アカデミー賞やカンヌ映画祭のプレゼンターも務める国際的な俳優です。そんな映画で主演を張る3人を口説き落とし贅沢すぎるキャスティングを実現させたのは凄い。

 

シーズン2があれば「イ・ビョンホンの役を掘り下げることになる」と監督は語っていますが、ぜひコン・ユの役柄も掘り下げてほしい!

 

さて、9月12日に開催されるエミー賞の受賞発表とますます面白くなりそうなセカンドシーズンが待ち遠しいですね。

 

村上淳子(海外ドラマ評論家)